2008年06月10日

よろず帆船人 50号記念「寿ぎメッセージ集」第1弾& ┃   翻訳家大森洋子さん特別寄稿 ┃    〜<日本丸U>遠洋航海体験記〜第1回 

50回を数える「Salty Friends通信」の、中ほどから始まった「よ
ろず帆船人 突撃インタビュー」(今から思うとベタなタイトルです
ね〜(^^;)は、開始から先月までに24人の方にご登場いただき
ました。いずれも皆さん、帆船に対して熱い想いをお持ちの方ばか
り。

そんな「帆船人」の皆さんから、50号を迎える「Salty Friends通
信」にお祝いのメッセージを頂戴しました。
メッセージ集に続いては、早川書房発行「トマス・キッド」シリー
ズの訳者、大森洋子さんから今回、特別に御寄稿いただいた体験記
を掲載。大森さんご自身が<日本丸U>で太平洋を渡った、遠洋航
海のお話です。
皆様、本当に本当にありがとうございます!!!

「寿ぎメッセージ集」は来月に第2弾、そして大森さんの遠洋航海
体験記も来月第2回めを掲載予定です。お楽しみに♪

今までの「よろず」は、下記に一覧のURLがありますので、そち
らをクリックしてご覧下さい。

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★神戸商船大学名誉教授 杉浦昭典先生より

 「第50号の発行おめでとうございます。
 これからもますます有意義な内容の配信を期待しています」      

★大阪市練習帆船<あこがれ>船長 久下剛也さんより

 「50号発行おめでとうございます。帆船と海の情報を楽しく、
 詳しく紹介していただいている貴サイトに感謝しています。
 これからも楽しみにしています」

★ボランティアヨット<Red Shark>キャプテン正木より

 「Salty Friends通信」が発刊50号を迎えられたとのこと、おめで
 とうございます。私は2006年の4月 24号で突撃インタビューの被
 害(笑)を受けたキャプテン正木です。

 思えば、発刊当時は白黒のガリ版刷り、学級新聞のような「Salty
 Friends通信」でしたが、皆さんの努力が熱を帯び、色を発し、
 今では高級デパートの商品パンフレットのように美しくなりました。
 内容も岸辺から遥か大海原にまで及んできました。
 帆船は何処までも走ります。
 「Salty Friends通信」も Forever !!」

★スペイン・バルセロナ海洋博物館保存帆船
<サンタ・エウラリア>副長 フランシスコ・ホセ・ブラーボさん
 *ブラーボさんのインタビュー記事は、近日中に掲載予定です
 
 「Salty Friendsの皆さん、こんにちは!そして50号、おめでとう
 ございます。
 <サンタ・エウラリア>の全乗組員より愛をこめて。
 良い風に恵まれますように!"BON VENT"」

★チリ海軍<エスメラルダ>機関副長 
 アンドレス・ディアス・モンサルベさん
 
 「Salty Friendsの活動に参加なさっている皆さん、こんにちは。
 メルマガで、皆さんに再びご挨拶する機会を得られて嬉しく思っ
 ています。
 これからも是非、今までのような素晴らしい活動を続けていって
 下さいね。世界遺産の町バルパライソにて。
 
 SFにずっと良い風が吹き続けますように!」
 
★大阪市練習帆船<あこがれ>クルー 大谷彩恵(ヤエ)さん

 「ソルティフレンズ50号おめでとうございますー!毎回読んでい
 るんじゃないから気の利いたコメントはできないけど、とりあえ
 ずおめでとうございますー。
 これからも海のいろいろを皆さんに伝えて下さいね」

★海洋画家 勢古宗昭さん
 *勢古さんのインタビュー記事は、近日中に掲載予定です。

 「ソルティ・フレンズ通信の発行が50回を迎えられたことを
 心より喜んでいます。ひと口に50回といっても、継続して発行
 していくのは大変なことで、メンバーの皆さんの帆船にかける
 情熱に心から敬意を表します。
 
 いまの日本、海の文化が後退していく感がある中で、ソルティ・
 フレンズの活動は非常に貴重です。
 今後共、末長いご安航を祈っています」

★翻訳家 大森洋子さん

 「Salty Friends 50号発行、おめでとうございます!
 ほんとにすごいですね。雑誌の発行はなかなか続かないものです
 が、みなさまが帆船大好き人間で、楽しんで作っておられること
 が継続できた原動力だと思います。その情熱が画面から伝わって
 きます。
 作っている方々も、読んでおられる方々も帆船が自分の生活のな
 かに入っていて、そういう方々が日本の帆船の命脈を支えている
 のだと思います。わたしも、帆船小説の世界でがんばって、日本
 の帆船小説の火が消えないようにしていこうと、改めて思ってい
 ます。
 
 帆船小説の火を灯していくために、みなさまが早川書房にメール
 作戦してくださって、KYDDシリーズも座礁せずにすみました。
 ほんとうにありがとうございます。おかげさまで『ナポレオン艦
 隊追撃』は順調に売れているようです。7巻目につながるように
 これからも応援よろしく! 
 
 今回はもう20年も前に日本丸の遠洋航海に参加させていただい
 たときのことを、筆のむくまま、気軽に書かせていただきます。

      〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜

1.すべての始まり

 1985年12月のある日、航海訓練所から電話がかかってきた。
「明日、伊東沖で日本丸が展帆訓練をする。お偉いさんの視察だが、
便乗しませんか」という。
 「もちろん、もちろん行きます!」二つ返事でわたしは翌朝、伊
東へ向かった。車窓から伊東沖合いに日本丸U世が見えた。ああ、
15年間この胸にいだいていた夢がかなうのだ、わたしは電車のな
かで駆けだしたい気持ちだった。

000006.JPG
車窓から発見!伊東沖の<日本丸>。展帆前。


 ホーンブロワー・シリーズに魅せられて帆船小説の翻訳を勉強し
始めたとき、練習帆船日本丸・海王丸はまだ知る人ぞ知る、という
船だった。わたしは日本丸や海王丸が横浜や東京に帰ってくると聞
いては出迎えにいき、出航すると聞いては見送りにいった。両船の、
いまで言う”追っかけ”だ。

 1976年、アメリカ建国200年記念の世界帆船パレードで日
本丸1世がニューヨーク・ハドソン川を世界の帆船たちと隊列を組
んでさかのぼっていった。その姿がちょうど初の衛星生中継で日本
国中のお茶の間に映しだされるや、日本中に帆船ブームが沸き起こ
った。ホーンブロワーが出版界に引き起こした帆船ブームが一般の
世界にも広がったのだ。

000041.JPG
帆船はすべてが美しい。

 日本丸・海王丸は国民の”アイドル”になった。おかげさまでわ
たしも帆船小説を訳して出版できるようになっていた。わからない
ことがあると、おっかけで知り合った船の人たちに訊く。船で出会
った人たちにわたしはかならずお礼の手紙を出し、本が出版される
と送っていた。これはわたしが昔も今もやっている翻訳や執筆をし
ていくうえでの”知恵袋獲得大作戦”、なのだ。もちろん、お礼状
を出したくなるような、ナイスハートの男たちばかりだったが!

 その作戦が奏功してか、伊東へのお誘いがかかったのだ。洋上で
帆を広げて走る帆船を船上で見てみたい、それが長い夢だった。当
時は岸壁でのセールドリルが始まったぐらいで、体験航海などなか
った。一般の人間には洋上で日本丸・海王丸に乗ることなど、夢の
また夢だった・・・・・。

000007.JPG
<日本丸>ボートがお迎え。本船までひと走り。

2.この船で太平洋を走りたい!

 甲板に「ワッセ、ワッセ!」の掛け声が響いて、青空に白い帆が
次々と広がっていく。すると、舷側から「サワサワ、サワサワ」と
音が聞こえた。海面をのぞきこんでみると、舷側沿いに白い波が立
っている。「ああ! 風だけで走っている!こんな大きな船が!」

 わたしはいい知れない感動に襲われた。沖合いからの風は強く、
船は伊東の町へ突っこんでいくかと思うほどものすごいスピードで
バウスプリットを突きつけていく。
「この船で太平洋を渡りたい!」夢の夢のまた夢、だった思いがわ
たしのなかではじけた。「そうだ、乗ろう!」

000008.JPG
一路、洋上の<日本丸>へ。

 国家の船である日本丸に乗るには、テレビか新聞など、マスメデ
ィアの取材であることが条件で、航海訓練所の会議で承認を得なけ
ればならない。わたしは以前に仕事をしたことのある読売新聞の文
芸部編集者氏に、レポーターとして派遣してくれるように頼みこん
だ。しかし、外部の者が記事を書くことには制約があって、それは
できないという。なんとかなるさ、とわたしは申請書を出してもら
った。許可された。

 さあ、大変、国家の船に乗って記事が書けないというのでは、大
詐欺だ。編集者氏や編集長にまでお出まし願って、婦人部に掛け合
った。ちょうど、東京商船大学の3期目の女子学生4人が卒業航海
で乗っている。彼女たちの取材を、と婦人部長が大乗り気になって
くれ、「女たちの日本丸」というタイトルで5日間の連載獲得! 
さらには、新聞は原稿料が安いので、週刊誌にも、と『週間読売』
編集長にも紹介してくださった。3週の連載獲得!

「あなた、写真は?」と、編集長。
「もちろん、できます」
「失礼、プロでしたね。では、グラビアと、そうだな、表紙もあな
たの写真でいこうか」
 さあ、またまた大変。写真付き記事を書いてはいたが、1眼レフ
を練習しだしてまだ1年。それから友人のプロカメラマン2人、セ
ミプロ1人に特訓してもらって、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」
とばかり、1日3本として36枚撮りカラーリバーサルを320本、
モノクロを20本、買いこんだ。一眼レフ2台、ポケットカメラ1
台、水中カメラ1台に運命を託して、翌年5月15日、太平洋往復・
104日間の帆船大航海に乗りだした。まだデジカメも携帯もない
時代だった。

 太平洋の端から端、また端から端まで帆走ること104日。
 航路は、横浜〜〜ハワイ・マウイ島カフルイ〜〜バンクーバー
 〜〜アストリア〜〜ポートランド〜〜USAバンクーバー〜〜東京

000010.JPG
学生さんと一緒にロープ引き。これが太平洋へとつながるロープ
となる。

3.恐怖の初ロイヤル登り

 トップ台を越えて、ゲルン台へのぼり、いよいよロイヤルをめざ
して登りだす。ゲルン台の下では斜めだったシュラウドがここから
は垂直に立ち、幅は一人分しかない。右、左と手を上へ送り、片足
ずつ上げるにつれて、ぐらぐらシュラウドが揺れる。裸足の土踏ま
ずにラットリンが食いこんでくる。その痛さが神経を鋭くさせる。
甲板ははるか下の下。人は頭の乗った肩しか見えない。目の前の編
み目の向こうは青い空。

 ぐぐうっと船が揺れる。シュラウドにつかまったわたしの体が前
へ倒れていく。ふわっと揺れもどすと、こんどは背中が後ろへ落ち
ていく。「この手を離さなければ落ちない」わたしは心の中でおま
じないを繰りかえした。

000043.JPG
見えているのは、わたしの足です!

 帆船に乗ったら、マストのてっぺんまで登る、それがわたしの第
一の目的だった。ホーンブロワーで読んでいたマスト登りをぜった
いに体験したい。しかし、高所恐怖症のわたしだ。出航前に何日か
かけて、横浜の旧日本丸でマスト登りの特訓を受けた。ロイヤルま
で登って、白ペンにタッチする。口から心臓が飛びだしそうだった。

 降りてきて甲板に立ったら、へなへなと腰がくだけた。そのとき
につかんのがこのおまじない。友だちに言ったら、そんなの当たり
前でしょ、という。
「当たり前じゃないのよーー」海の上では船が揺れる。風も吹きつ
けてくる。いつこの手が離れてしまうか、風にもぎとられてしまう
か、わからないのだ。肩はガチガチ、シュラウドをぎっちりと握り
しめる手は石のよう。

 特訓のおかげでトップ台まではたいして怖くなくてすぐに登れた
のだが、初ロイヤルとなると、体調を考え、精神状態を計り、やっ
と決意した。なにしろ国家のお船だ。一般人が落ちたなんてことに
なったら、どんなに船の人たちに迷惑をかけることか・・・・。

000034.JPG
ヤードの先端は海の上。

 やっとロイヤル・マストのてっぺんにたどりついた。ほっとした
のも束の間、アームからヤードに渡る。「うわ!」アームに乗ると、
目の前はなにもない空! 空中にわたしは立っているのだ。よいし
ょッとヤードに渡って、安全ベルトをバックロープに掛けた。
 わたしはヤードにお腹を押しつけて、にっこりと笑った。初ロイ
ヤル登頂成功! わたしのカメラをかついでアテンドしてくれた学
生さんが記念写真をパシャ。

 降りてゆくと、甲板にいた人たちが、みんな拍手で迎えてくれた。
目の中が痛くなった。しかし、上で大森さんの悲鳴が聞こえたとい
う。そんなはずはない、余裕クシャクシャだったよと否定。
 しかし、このとき撮ってくれた写真をあとで見たら、わたしの顔
は引きつっていた。
 だが、この初登頂のおかげで以後はカメラを自分でかついで写真
を撮りまくった。レンズをのぞくと、不思議と怖くなくなるのだか
ら、わたしもたいしたプロになったもんだ!

000035.JPG
ヤードの上でにっこり!だいぶ慣れました。

4.ええっ! 日本へ戻っているの?

 マストのてっぺんから見ると、自分の船は笹舟のよう。まわりは
360度、丸い水平線。どこまで、どこまで行ってもそれは変わら
ない。青と緑と白だけの世界。そこに朝日と夕陽がまっ赤な色をつ
けてくれる。もしも太陽が青かったら、不気味だろうなあ。赤くし
てくれた神さまに感謝。

 方向を教えてくれる山も建物もないので、わたしたちは甲板にあ
がると、自然と太陽と時計を見るようになる。180度の日付変更
線をいつ越えるか、いつ越えるか、と思って東へ進んでいたある日、
甲板にあがって、太陽を見た。「ええっ?」まだ午前10時だとい
うのに、太陽が船尾にあるではないか。
 「風が変わってな、いま西へ走っている。日本へ戻りよるんだ。
うれしいだろうが」コーターマスターがにんまりと笑った。

000029.JPG
太平洋上のわれらが<日本丸>にうっとり。ボート総練のとき。

 帆船は風次第、とわかってはいたが、実際にそれを味わうと、
なーるほど、ととても不思議な気分だった。船は目的地へ向かって
できるだけ最短距離を最速のスピードで行こうとするものだ。しか
し、帆船は風が行かしてくれる方向しか行けない。われらが大杉勇
船長は航海予定時間が許すかぎりぎりぎりまで、いや、許さなくて
も、エンジンを使わずに帆で走った。おかげでわたしたちはダイヤ
モンドヘッド沖でもバンクーバー・イングリッシュ湾でも、帆をあ
げたまま進んでいって、ドーンとアンカーを降ろした。その誇らし
かったこと。われらはみな、帆の子供、って感じだった。

 それを芯から味わわせてくれたのは、ハワイからバンクーバーへ
向かっている途中、中緯度高気圧帯のなかに入ったときだ。びった
りと船は止まって、少しも動かなくなったのだ。

つづきは次回に・・・・・。
 
000027.JPG
中緯度高気圧帯にはまってしまった。これぞデッドカーム。

文中写真提供:大森洋子さん


*************************

◆「よろず帆船人 突撃インタビュー!」一覧◆

24(2008/5) 大阪市帆船「あこがれ」四代目船長 久下剛也(タツ)さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/96260646.html

23(2008/3,4) 翻訳家 大森洋子さん  http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/88724004.html http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/91341374.html

22(2008/2)  チリ海軍練習帆船<エスメラルダ> 司厨長&機関科副長 編  http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/82530636.html

21(2008/1) ニュージーランドの練習帆船<ソーレンラーセン>クルー真帆さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/77327639.html

20(2007/12) チリ海軍練習帆船<エスメラルダ>ラミレス艦長 http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/72042520.html

19(2007/11) パイロット(水先案内人)歴20年の超ベテラン、大河原明徳さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/65581070.html

18(2007/10) ブルガリア練習帆船<カリアクラ> Able Seaman イリヤン・イリエヴさん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/59606392.html

17(2007/9) 船乗りを目指すブルガリア人のキュー
トな女の子、ヴィオレタ・チャブダローヴァさん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/53960822.html

16(2007/8) ブルガリア練習帆船<カリアクラ>トーマ・トモフ船長 http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/50760760.html

(2007/7) お休み

15(2007/6) Dawn Treaderチーフオフィサー 森 功雄さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/44316039.html

14(2007/5) 航海士 大谷彩恵さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/41388269.html

(2007/4) お休み 

13(2007/3) 海王丸・日本丸実習生 原田貴幸さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/35531507.html

12(2007/2) 元<日本丸>船長、橋本進先生 http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/32946675.html

(2007/1) お休み

11(2006/12) 財団法人船員教育振興協会 (SEDA)の勝田直孝さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/29317434.html

9(2006/10,11)大阪市帆船<あこがれ>を運営するセイル大阪のマスミンこと山岡真澄さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/25231992.html http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/27077424.html

8(2006/9) 横浜市の「ベイサイドマリーナ」で海賊旗をあげているヨット<ネバーランド>の府川光さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/23469428.html

7(2006/8) 神戸商船大学名誉教授 杉浦昭典先生 http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/22190341.html

6(2006/7) スペインの復元帆船<ビクトリア>の船大工、インドラさん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/20590772.html

5(2006/6) 長崎帆船まつり副実行委員長・社団法人長崎ヨットクラブ会長 佐々木康夫さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/19099241.html

4(2006/5) 長崎市所有の帆船<飛帆>FEIFANの中野道一船長 http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/17640297.html

3(2006/4) 帆船歴49年の超ベテランヨット乗り正木成虎さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/16283960.html

2(2006/3) 大阪市の帆船「あこがれ」三代目船長 瀬川彰彦(あき)さん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/14480585.html

1(2006/2) ブラジル海軍の練習帆船<シズネ・ブランコ>艦長 パウロ・ヴィニシウス・コレイラ・ロドリゲス・ジュニアさん http://saltyfriendstsushin.seesaa.net/article/13098480.html
posted by SaltyFriends通信 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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