2006年10月10日

◆ よろず帆船人突撃インタヴュー【9】 byふっくん&いかろー◆

フネに乗る参加者を集めたり、港との調整をしたり、メンテナンスの手配をしたり。
はたまた帆船まつりを企画、運営したり。オカで帆船に関わっている人もいるはず。
そこで、今回は<あこがれ>を運営するセイル大阪のマスミンこと山岡さんに
お話を伺ってみました。


―――事務所でされているお仕事って具体的にどのようなことをされているのですか?

帆船「あこがれ」の運航事務所の主な業務は:
● 「あこがれ」の運航管理
● 航海スケジュールを立てる
● 貸切利用、団体利用、企業研修などの営業
● 協賛企業募集
● メディア対応、広報活動
● ボランティア・スタッフ活動調整
というところですが、私の業務は主に最後のメディア対応と広報活動
ですが、協賛企業獲得も営業もやります。メディア対応は、「あこがれ」
が大阪市所有ということで、大阪市政記者クラブにリリースを送る
一方で、全国のメディア(ものすごい数ではないですが)にリリースと
トギャランを郵送、そしてこれまで関わりのあったメディアにメールで
リリースをいち早く送っています。また、リリース内容によっては、
最も取り上げてくれそうなメディアに直接アプローチします。

広報活動は、予算をふんだんに使えるわけではないので、最近は
細々(「こまごま」ではなく「ほそぼそ」と読む。)(笑)とやっています。
基本は情報リーフレット「トギャラン」の発行と日々のウェブサイトの
記事作りと更新、そしてメルマガ発行ですね。とにかく時間を置かないで、
どんどんアップしていくようにしています。言葉の使い方、表現は
明るく楽しい感じを出すようにしています。ウェブサイトは、子ども
も見ているとは思いますが、高校生以上くらいを目線にしています。

営業にしても、協賛企業募集、そしてメディア取材でも、私のモットーは
「来たものは絶対逃さない!」です。開拓していくことは、もちろん
大切ですが、アプローチして来られた方の要望に添うよう最大限の
努力をして、「あこがれ」応援団に引き入れて行くように画策して
います。(笑)

Yamaoka-san_withAkogare(c)SailOsaka.bmp AkogareOffice(c)SailOsaka.bmp


―――1983年の「大阪世界帆船まつり」や1997年の「SAIL OSAKA '97」
では中心的な役割をなされていたと聞きますが、どんな事が一番大変でしたか?


1983年からこんな仕事しているなんて、とても古い人間のように
思われますが、実際古いです。もともと、英語を使う業務のために
大阪港で働き始めたので、「'83大阪世界帆船まつり」では、海外
から大阪へ航海してくる帆船やその所有者との連絡役でした。
今のようにメールがあるわけでもなく、連絡は国際電話とテレックス。
しかもテレックスは、まだ紙のテープに穴を空けて読み取るタイプ
のもの。時差があるので、国際電話も大変でしたが、ようやく大阪に
たどり着いた帆船とそのクルーを見たら、苦労は吹っ飛びました!
今でも、ポルトガル「サグレス II」の当時の艦長と親交がありますが、
途中嵐に遭い大変な思いをしたので大阪に着いたときは天国のよう
だったと思い出話を聞きました。

「SAIL OSAKA '97」では、一時的にセイル大阪を出て、
メディア・広報担当をしました。もうメールも使えたので海外との
連絡という作業はずいぶん楽でしたね。
このときは、在阪テレビ局をそれぞれ海外と日本の帆船に
乗せ、取材をしてもらうように手配しました。だんだんどのメディア
が、どの船だったか、こんがらがってきて大変でした。
すでに大阪市は帆船「あこがれ」を所有していましたが、帆船所有者
なら誰でもやってみたいと思う帆船レースを大阪市が主催した
わけですが、これは私の夢でもあったので、やりがいのある仕事でした。

―――――
海外からの帆船招致を手がけていた関係もあり、山岡さんは海外でも知られている。
以前、お会いした時に、アメリカセイルトレーニング協会の
元レースディレクター、スティーブ・ベイカーと山岡さんの話で盛り上がった、
と伝えたところ、山岡さんは「でも会ったことはないんだよね」と笑っていた。

来月は山岡さんのセイルトレーニングにかける思いをお伝えします。(い)


posted by SaltyFriends通信 at 03:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1983年の「大阪世界帆船祭り」の時、私は未だ小学生でした。
親に連れられて大阪港まで帆船を見に来て一般公開されている帆船の一つに乗船した記憶があります。

あれから二十年以上の月日が流れて今現在の私は偶然のきっかけから帆船「あこがれ」のボランティア・スタッフです。

世の中、何が起こるか分からないですね。
Posted by イエロー at 2006年10月12日 23:57
ですね。私が帆船にハマってしまったのは、小学生の時'83大阪世界帆船まつりでサグレスの入港を天保全岸壁で肉眼で本当に間近で見てしまったから。。。山岡さんがこのサグレスを誘致したのなら、山岡さんがいなかったら私は今現在こんな生活をしていなかったかも知れないわけで、そう考えると不思議なご縁を感じますね!!!
Posted by ふっくん at 2006年10月14日 23:46
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