2006年10月10日

「明治丸ヒストリー」【8】 ByQたろー

《レイズ・ザ・明治丸!》

昭和26(1951)年7月、船底からの浸水(と精神的苦痛?)
が原因で、東京商船大(現東京海洋大)の校池で沈座してしまった
<明治丸>ですが、ある意味「災い転じて福となす」。そのために
米軍の接収を解かれることとなりました。
大学関係者の方々は、管理という名目でやっと<明治丸>への出入
りが許されるようになります。

まだ戦争の傷跡を残しつつも、復興のきざしが見えつつあった昭和
27(1952)年春。まるっと一年沈座したままだった<明治丸>の
引き上げがようやく決定し、事務方までふくめた大学の全職員の皆
さんが総出で、まずメインデッキ(主甲板)の片付けが始まりまし
た。その後順次、準備作業として索具や上部マスト、全ヤード(帆
桁)を撤去し、いっとき<明治丸>は「丸ボーズ」に☆

Meijimaru sin palo.jpg
メインマストのトップマスト(トップ台から上部分)降下作業
(資料提供/東京海洋大学)


ところで沈座したとき、メインデッキのすぐ下まで浸水していた
<明治丸>ですが、この船内に溜まっていた水の量というのが、
図面による推定でなんと1562トン!…と言ってもあまりピンと
きませんよね。
たとえば50mプールに換算すると、だいたい1杯弱の量になるよ
うで、つまり<明治丸>の船内に、小さめの50mプールが一つ
丸ごと入っていた、という感じでしょうか?

《Xデーは七夕の日》

これを同年7月7日、七夕の日の潮が最もひいた時間をねらい、ポ
ンプ3基を使って一気に汲みだし船体を浮かせよう、という壮大な
計画が立てられました。
そのためにまず、潜水夫が何度ももぐって外板の状況を調査し、あ
ちこちに開いている穴をふさぐ作業が続けられます。「主役」の排
水ポンプ3基も登場し、アッパーデッキ(上甲板)に取りつけられ
(うち1基はその後メインデッキに移動)準備完了です。

Meijimaru evacuacion de agua.jpg
排水作業中の<明治丸>(資料提供/東京海洋大学)


安全のために、マストヘッドより陸上にワイヤーをとり、いよいよ
7月7日の朝10時15分、排水開始!
一気に、とはいっても1562トンの水を外に捨てるのには、時間
がかかります。関係者の方の記述によると、おおむね3時間程度で
船体が浮上する計算でしたが、まさに予定通りの13時15分。
ゴゴゴ…という振動とともに<明治丸>再浮上!感動の一瞬です。

続く2日間も、いったん船底のバラスト(船のバランスを保持する
もの:砂利など)を除去して防水工事を行ないつつ、残った水を捨
てる作業が続けられ、完全に終わったのは排水を始めて3日後の7
月10日でした。
まる1年間、泥水の中に腰かけて耐えていた<明治丸>の「あぁ、
ヤレヤレ。すっきりしたわ」という声が聞こえてきそうです。

bodega de Meijimaru.jpg
沈座していた時、水はこの船倉の天井近くまで達していました。
右手前の男性は、昨年のSF見学会時の庄司和民先生。


次回は「明治丸、陸にあがる」。
練習船をお役御免となり、陸上に定着、保存
されることになる<明治丸>のお話です。
posted by SaltyFriends通信 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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