2011年01月10日

□■ 南十字星の下、三色旗ひるがえし    南米帆船レース Velas Sudamerica2010 参加レポート その3 By Qたろー ■□

◇いよいよ乗船!前に思いついた「企み」◇

前回行きそびれたチリ海軍の兵学校や図書館も訪問し、ひと通り友人達との
旧交を温めつつ帆船まつり会場に日参するうち、あっと言う間に一週間が
過ぎてしまった。
4月19日夕方、荷物をパッキングし直し、お世話になった友人とその家族に
厚く御礼を言って、見送りに来てくれた元チリ海軍の友人とタクシーに乗る。

再びバルパライソの海軍基地に行くと、いたいた!<エウロパ>は、
ちゃんと元いたバースに戻って来ていた。ほかの帆船たちは、次の寄港地
チリ北部のアントファガスタへ向かって北上中のはずだ。
スペイン人のクルーが出迎えてくれ(おぉ、オランダ船でもスペイン語が
通じるゾ、こりゃラッキー♪)キャビンに荷物をかつぎ込む。

Europa en desfile.jpg
帆船パレードで、他の船たちと一緒に一旦出港する<エウロパ>。
今回の参加帆船のなかでは唯一、民間の船。


乗船手続きをしてくれたパーサー(船の事務方)は、小さな可愛いドイツ
人の女の子で、彼女もスペイン語を話す。聞けば何年かエクアドルで仕事
をしていたという。
手続きが済んだ後、まだ出港までに2時間ほど余裕があることを確認すると、
急遽、私はこの二、三日考えていたある計画を実行に移すことにした。

突堤の先に停泊しているチリ海軍の巡洋艦<ブランコ・エンカラーダ>ク
ルーの友人も、ちょうど当直が終わったからと見送りに来てくれており、
彼らに私の「企み」を話すと、ビックリしながらも「それは素晴らしいア
イデアだ!協力するよ」と賛同してくれた。持つべきは友、である。

私が思いついたこと・・・・それは、チリ北部のイキケという町の沖を通る
時に、船から海に献花をすることだった。


◇イキケ海戦◇

今をさかのぼること約130年程前、チリと国境を接するペルー、ボリビアの
三国間で国境線をめぐる戦争が起きた。
普通、われわれ日本人が「太平洋戦争」といえば、先の第二次世界大戦中、
太平洋地域で行われ、わが国が連合国側に無条件降伏した戦争を指す。が、
南米で「La Guerra del Pacifico:太平洋戦争」といえば、19世紀の終わりに
上記の三国間で行われた戦争のことをいう。
紛らわしいので、ここでは「南太平洋戦争」としよう。

この南太平洋戦争中の1879年、開戦当初はペルー領だったイキケ沖で、両国海
軍の軍艦4隻による激しい海戦が行われた。
雌雄を決すべく最後に対峙したのは、チリ側、木造汽帆船のコルベット艦<エ
スメラルダ>(二世)、艦長はアルトゥーロ・プラット中佐。対するペルー側
の船は、砲塔装甲艦<ワスカル>、艦長はミゲル・グラウ大佐だった。

Corbeta Esmeralda 2.jpg Huascar, 2003.jpg Huascar, World Ship Trust.jpg La Esmeralda y Huascar.jpg
左上:バルパライソの海軍海洋博物館に展示される<エスメラルダ>二世の
   模型。
右上:イキケ海戦の5ヶ月後、アンガモス海戦でチリに捕獲され、現在も記念
   艦としてタルカウアーノに洋上保存される<ワスカル>。
左下:<ワスカル>の艦内に展示される「記念艦登録証」。
右下:<ワスカル>の衝角攻撃を受け、炎上、沈没する<エスメラルダ>
   ペルー、カヤオの海軍博物館にて。
  

当時はまだやっとスクリュー推進の汽走軍艦が、南米の海軍でも常用されるよ
うになったばかりで、両艦とも(あくまで機関の補助的な存在ではあったが)
立派なマストやヤードを持った汽帆船だった。
3時間以上におよぶ激闘の末、<エスメラルダ>は大破し轟沈。乗組員197名中
プラット艦長を含む135名が死亡(ウァスカル側は死者1名、負傷者7名)とい
う被害を出した。チリはこの後、アンガモスの海戦で雪辱を晴らすのだが、
それはさて置き。

バルパライソを出て、他の船たちはアントファガスタに寄るのだが、
われわれトレイニーを乗せるため、一日余分にバルパライソに留まった
<エウロパ>はそこには寄らず、直接ペルーのカヤオに向かう。
そのカヤオにいたる道中、船はイキケ沖を通るのだ。
よく考えたら「エスメラルダ友の会」(以後『エ号友の会』)会員として、
二世が沈んでいる海の上を黙って通りすぎるなんてことは…できないよなぁ;;
というわけで、船からその海域で献花をすることを思いついたのだった。

実を言うと、献花は初めてのことではない。前回2003年、チリに行くことに
なった時、当時の「エ号友の会」顧問、戦史研究家で翻訳家の故・妹尾作太男
さんに依頼され、「友の会」代表として、バルパライソにあるイキケ海戦英雄
記念碑に献花をしたことがある。

記念碑に花を捧げてきて欲しいと言われた当初、「えーと、そのへんの花屋で
適当に花束を買ってきて、お供えすればいいのかな」と、いわゆる日本のお墓
参りを想像していた私。
ところがっ!行ってみたらお墓参りどころか、規模は小さいながらも、海軍の
正式な献花式典。前述のマルティネス提督介添えのもと、儀仗兵や在チリ日本
企業関係者の立ち並ぶなか、日本国旗を模した花輪を記念碑に捧げ、さらに衆
目にさらされながら地元新聞社の取材を受けるという、フツーの庶民には驚天
動地なイベントになっていたのであった。

Esme haciendo reparaciones.jpg Monumento de Iquique.jpg Boya Esmeralda.jpg Memorial Capt. Prat.jpg
左上:プラット艦長が、敵艦<ワスカル>に斬り込む前、口にした「勝利か、
   さもなくば名誉ある死か」(VENCER O MORIR)は、今もチリ海軍のス
   ローガンとして、所属艦船のブリッジを飾る。写真は海軍工廠で
   リフィット作業中の<エスメラルダ>。
右上:2003年、献花式典を行ったイキケ海戦英雄記念碑。この時飾られていた
   花環は、南米帆船まつりのロゴをかたどったもの。碑の地下は霊廟。
左下:イキケの<エスメラルダ>が沈んだ場所に浮かぶ浮標の模型。
右下:<ワスカル>のデッキ上、プラット艦長が斃れた場所に立つモニュメン
   ト。側にはアンガモス海戦で戦死したペルーのグラウ艦長(死亡時は
   少将)が斃れた場所をしめすモニュメントも。


あれに比べれば、船での献花はさほど大変なことはないだろう。もちろん、
オランダの船で日本人である私がそういうことをするに当たって、船長の許可
が下りればの話しではあるが。
もしお許しがもらえなかった場合…花はキャビンのインテリアにでもしよっと!

◇花束をかかえて、イザ出航!◇

とりあえずキャビンに荷物を放り込み、デッキで待ってくれていた友人達
と、今度はお花屋さん探しだ。<エウロパ>のチョッサーに「買い忘れたもの
があり、一時間程で戻るから」と断って、ふたたび岸壁に上がる。

海軍基地周辺に花屋はない、ということで仕方なくバスに乗り、再度町の中心
部、セントロへ逆もどり。
何人かの通行人に尋ねまくり、ようやく一軒、小さなお店を見つけた。比較的
鮮度の高そうな花を花束にアレンジしてもらい、リボンもかけてもらう。
ちなみに、置いてある花の種類は日本ほど多くなく、値段も他の物価に比較す
るとかなり高い!南米では家に花を飾る場合、手間のかからない安価な造花を
使うことが多いからだろうか。

とにかく目的は達したので、ダッシュで基地に戻ると、ちょうど出航前の最後
の点呼を始めたところだった。チリの友人達とは、名残り惜しいがここでお別
れだ。

出航準備で周囲が慌しくなっていく中、デッキでは一目でキャプテンと分かる
バイキングの親分のような男性が、我々トレイニーを集めてまずは自己紹介。
クルーもざっと紹介した後、船内での生活や緊急事態の対処などについての説
明を始めた。その間、全員に琥珀色の液体が入った小さなグラスが配られる。
えっ?何すかこりゃ?と、隣に立っていた男性に聞くと「コニャックだよ」とのこと。
「では、航海の無事を祈って乾杯しよう」「Cheers!」うっ…;;限りなく下戸
に近い私だが、この場は飲むしかない。

first meeting Europa.jpg noche de zarpar.jpg
左:乗船して最初のミーティング。スピーチしているのは「よろず帆船人」
  インタビューにも出て下さったクラース船長。
右:いよいよペルーに向かって出航。写真右手は海軍基地。左手がバルパライ
  ソの町。


一方、岸壁では最後の離岸作業中。私の友人達も、ごく自然に綱取り(船の離
着岸作業を補佐する仕事)を手伝ってくれている。さすが船乗り。
いよいよギャングウェイが外され、舫っていた最後のホーサーが船内に取り込
まれると、船はゆっくり岸から離れ出した。

エンジンの回転数の上昇とともに、どんどん岸壁で見送る友人たちの姿が小さ
くなっていく。側に停泊していた<ブランコ・エンカラーダ>が「ボー、ボー、
ボー」と長音三声で見送ってくれ、<エウロパ>も同じように長三で応える。
私の大好きな海の習慣だ。

ずっと手を振ってくれていた岸壁の友人達も闇に溶け、夜のバルパライソ港を
出た<エウロパ>は、私が一週間滞在したビーニャ・デル・マルを右舷に見な
がら、進路をほぼ真北にとった。
メスルームのワッチ表で確認すると、私の所属は「White Watch」で最初の当
直は、いきなり「0ー4」(ゼロヨン:午前12時から4時まで)。よっしゃ〜!
イキケでの献花の件は、明日キャプテンに相談してみよう。

さぁ、先に行った船団を追いかけ、ペルーのカヤオに向かってSet sail!!

(続く)
posted by SaltyFriends通信 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。