💠テレビや新聞のニュースなどで耳にされている方も多いと思いますが
チリ北部、サンホセ鉱山の落盤事故現場で行われていた救出作業が終了。
33人全員が無事、地上に生還されました。
本当に、ほんとうに良かった!!Viva Chile!!✨✨

💠💠💠

「2度目のチリへ」

チリの大地震から数週間。時折起きる余震のニュースにビクビクしながら、
渡航準備をすすめる。前回、2003年にチリを訪れた時知りあったビーニャ・デ
ル・マルの友人が、部屋はあるから是非、泊りに来いという。願ってもない!
元<エスメラルダ>のクルーをはじめ、チリ海軍関係の友人たちも待っていて
くれる。大方の友達とは、七年ぶりの再会だ。

往路は、アメリカのダラス経由でチリの首都、サンティアゴへ。普通、日本か
らアメリカ経由で南米へ行く場合、アメリカ国内でのトランジットだけで5、
6時間、場合によってはまる半日乗り継ぎの飛行機を待たなければならない。
ここが格安航空券のツライところ。

いっそのこと東海岸か西海岸の、海洋博物館のある都市で乗り継ぎできれば、
時間が有効に使えるかも?…と淡い期待を抱いたのだが、今回の航空会社AA
(アメリカン・エアライン)でのトランジット、ダラスは内陸部。
海ナシ州だぁ…。ちぇっ。
代理店の担当者によると、最近南米路線の便数が減ってしまい、あまり選択の
余地はない、という。

そんな訳で、今回の往路の待ち時間は、ダラスで5時間。さらにチリの首都
サンティアゴまでのフライト、10時間。トータル、日本からは26時間の旅だっ
た。前回はアメリカ国内で一回、さらにペルーのリマでもう一度飛行機を乗り
継いだこともあって、遠さをひしひしと感じたが、今回は前と比べてさほど距
離を感じなかった。これは「知っている町に行く」「待っていてくれる友達が
いる」という違いだろうか。


首都サンティアゴの町をサン・クリストバルの丘から望む。


サンティアゴのアルトゥーロ・メリノ・ベニテス国際空港に着くのは、たいて
い早朝になる。眠ったのか眠らなかったのか、よく分からない朦朧とした頭で
入国審査を通り、荷物をピックアップ。市内の「高速バスターミナル行き」
シャトルバスに乗って、どれどれ、と車窓から街の景色を眺めてみる。
思っていたより、道路などの復興は進んでいるようだ。傍目には、大地震が起
きたとは思えないほど、町はおちついている。

もっとも、今回の地震で震源地に一番近くて被害の大きかったコンセプシオン
とは、300キロ以上も離れているのだ。ニュースでは、空港からの自動車道が
断裂した、と伝えられていたが、拍子抜けするほど道中は、まったく問題なし。

バスを乗り継ぎ、昼すこし前、友人宅に到着した。7年振りの再会に大いに盛
り上がり、話は尽きない。が、とにかく無事に着いたことを、メールで現地の
友人たちに知らせて、ひと休み。
しかし帆船レースの参加船団は、私より数時間前にバルパライソに入港してお
り、すでに一般公開も始まっているはずだ。そう思うともう、じっとしてはい
られない。

 
(2枚とも)前回の「宿題」のひとつ、コクラン提督博物館。
提督の自宅を改造して造られており、その昔は砲台としても機能していた。
現在は埋め立てが進み、海ははるか射程距離外・・・。


ステンドグラスに描かれたチリ海軍創設者のひとり、トマス・
アレクザンダー・コクラン提督(1774~1860)
(こちらはバルパライソ海軍海洋博物館蔵)