2010年02月10日

■□ よろず帆船人突撃インタビュー 〔42〕 イラストレーター 谷井建三さん ■□

昨年「SF通信」12月号でも、ぐんそうさんがレポートを書いてくれましたが、
11月21日から12月13日まで、東京お台場「船の科学館」でイラストレーター
谷井建三さんの個展が開催されていました。

今回は、海洋画の画家さんでは、勢古宗昭さん、梶田達二さんに次いで3人目
となる、この谷井先生がご登場下さいます。
「船館」3階マリタイムサルーンの個展会場で、SFボラチームのメンバー
数人と一緒にお話しを伺いました。


谷井先生プロフィール

お名前:谷井建三(たにいけんぞう)
御生年:1937(昭和12)年
ご出身:富山県魚津市
ご趣味:読書、スキー

谷井さん個展1.jpg
気さくでお話し好きな谷井さん。


地元の印刷会社に就職した2年後、東京へ。23才の時、日本大学芸術学部
造形課へ入学し、インダストリアルデザインを専攻。
卒業後、「高島屋」宣伝部に就職。3年後に独立し、以降本格的にイラスト
レーターとして活動を始める。

和船界の重鎮、石井謙治先生の監修を元に描かれた数々の和船のイラストは
歴史資料としての価値も高い。作品の数々は「船の科学館」本館3階マリタ
イムサルーンに常設展示されている。氏の挿絵が使われた出版物も多数。


以下、谷井建三さん:〔KT〕(敬称略)
Salty Friends:〔SF〕


SF:絵を志すようになった、きっかけを教えていただけますか?

KT:実家は歯医者だったんですが、子供の頃からぜんそくで、身体が弱くて
   ね。とくに小学校5年生の時にかかったジフテリアでは、生死の境をさ
   まよったんですよ。そんなこともあって、学校も休みがち、成績もあん
   まり良くなかったんです(笑)。で、実家は継げなくて。
   
   周囲も療養ということで、ほったらかしでしたね。何もすることがなく
   て、よく海にスケッチしに行ってました。絵を描き始めたのは、絵描き
   になりたがっていたイトコの影響が大きかったかな。
   ブラブラ海に行って絵を描いているうちに、漁師さんと仲良くなり、
   よく漁船に乗せてもらってました。

谷井さん 平安・鎌倉時代の船.jpg
「平安・鎌倉時代の船」 船を映す水面に感動***
   
  
SF:きっと、その頃の漁船体験?で、船好きが「すり込み」されたんですね。
   その後、本格的に絵を勉強なさったんですか?
   
KT:大人になって、いったん地元の印刷会社に就職したんですが、やっぱり
   本格的に美術を勉強しようと思って。2年後に上京し、日大芸術学部に
   入りました。
   
   卒業後、マンガ雑誌の表紙イラストなんかを描いているときに、百貨店
   の高島屋宣伝部から声がかかり、同社のPR関係の仕事をするように
   なったんです。まだ「イラストレーター」という言葉が、一般に広まり
   出したばかりの頃でしたねぇ。
   
   そのうち大手広告代理店から、商船三井関係のイラストの仕事がきて
   その頃から本格的に、船の絵を手がけるようになりました。
   
   
SF:なるほど。しかし私がちょっと驚いたのは、こんなに有名な谷井先生な
   なのに、今回が初めての個展になるそうですね?
   
KT:私の絵は、石井先生やここ(船館)の学芸員の方、考証担当の息子など、
   沢山の方の協力があってこそのものです。欲がないわけじゃないけど
   昔からマイペースでやってきましたからね。
   今回の個展のために、あちこちから作品をかき集めましたが、改めて眺
   めてみて「やっとここまで来たんだな」と。
   
   でも僕としては、あんまり有名になりたくないんですよ。マニアの方に
   つっ込まれるから(笑)。最近は開き直っちゃったけど。

谷井さん <ヘダ>.jpg
遭難したロシアの船員達を本国に送るため、戸田村で建造された<ヘダ>


SF:違った意味で、またご苦労があるんですね(笑)。
   ところで、絵は一日にどれくらい描かれるんですか?
   
KT:日によってまちまちですね。夜中まで描いていることもあるし、気が乗
   らない時は、テレビを観たりダラダラすることもありますし。観るのは
   時代劇が多いかな。池波正太郎の「剣客商売」が好きでね〜。盗賊達が
   江戸の街を逃げるのに、よく舟を使うんですよ。
   「鬼平犯科帳」といい、池波正太郎の作品はよく舟が出てきますよね。
   
   
SF:「鬼平」は私も大好きです!(笑)
   では、船の絵を描くときに、難しいところというのはありますか?
   
KT:難しいのは、まず天候ですね。天候によって、絵のシチュエーションが
   まったく変わってきますから。
   
   それから時代考証。これはもっぱら息子の担当なんですが、細かい部分、
   たとえば右舷灯、左舷灯などランタンの形とか。明治以降の、写真など
   の資料が残っている船はあまり問題ありませんが、図面がないような
   古いものは一つひとつ調べなくてはならず、大変です。

   今回出品している、日本海事史学会の先生に監修していただいた絵「い
   ろは丸事件」の絵(注1)などもそうです。実は<いろは丸>の帆装っ
   て、よく分っていないんですよ。帆桁一つとってみても、部分的に横帆
   だったり縦帆だったり、資料によって違うんですよね。
   
   よく聞かれるんですが、私の絵は「復元」ではなく「推定」したもので
   す。当時の船絵馬や巻物を参考にしたとしても、よくあるように、実物
   を見ていない後世の人が絵にしていることも多い。もっと言えば、
   絵巻物を描いている絵師だって、必ずしも船のことを熟知しているとは
   限りません。
   なので、よく分らないところは「こうじゃないか」と推測しながら描いて
   います。

谷井さん <サスケハナ>.jpg
何時間見ていても飽きない!黒船<サスケハナ>の内部構造

   
SF:ややこしいですね。描くのと同じくらい、調べるのに時間がかかりそう
   ・・・(~_~;
   それではここで、先ほどからお名前が出ている石井謙治先生との馴れ初
   めについて教えて下さい。
   
KT:石井先生とのお付き合いは、むかし郵趣サービス社の仕事で、古代〜近
   代和船の切手のイラストを手がけたのがご縁でした。当時、石井先生は
   魚群探知機などを開発する研究所にいらしたんじゃなかったかな。今は
   日本海事史学会の名誉会長さんです。
   
   毎日新聞が昭和54年に出版した「人物海の日本史」では、先生に随分お
   世話になりました。というか、和船のことで頼れる専門家は、当時石井
   先生ぐらいしかいなかったんです。今は石井先生のお弟子さんにあたる、
   東大の安達裕之先生など、何人かの専門家もいらっしゃいますけどね。

   どうも私は人見知りするタチで(笑)、監修はずっと石井先生にお願い
   してきました。なので、お付き合いはもうかれこれ30年以上になります。
   
   
SF:30年ですか〜!つまり谷井先生の絵は、石井先生なしには語れない、
   ということですね。
   40年近く描いてこられて、では「お気に入りの絵」なんてあるんでしょ
   うか?もしくは、今回出品されている作品のなかで、これは太鼓判、
   なんて絵はありますか?
   
KT:ん〜〜(しばらく沈思黙考)、ない!(キッパリ)
   完成して額に入れてからも、後からちょっずつと直したりしてるんです
   よ。なかなか納得して「はい、終わり」とはいきません。描いている間
   はもちろん、その絵に対する思い入れはありますけどね。

   額といえば、絵は額縁によって、ずいぶん印象が変わるんです。今回出
   してる<サン・ファン・バウティスタ>なんかもそう。額に入れたら思
   いがけず「え!***」って感じ。化けましたねぇ(笑)。

谷井さん個展2.jpg
会場のマリタイムサルーンには、谷井さんの書きかけの作品や道具なども展示

    
SF:そうなんですか(^^;
   では、和船について最後の質問です。谷井先生ご自身としては、どの時
   代の船がお好きですか?あと今後の抱負などありましたら、お聞かせ
   下さい。
   
KT:好きというよりも、今一番興味があるのは、江戸時代末期から明治初期
   にかけての船ですかね。「北前船」や「合いの子船(注2)」は、まだ
   全然描いていませんから。あと開国後の、港ができていく情景なんかも
   描きたいなぁ。
   
   今回展示会をやってみて改めて思ったのは、こういう絵は僕しか描いて
   ないんだな、ということ。これからも、和船は僕が描いていかないと。
   あまり体調が良くなくて、通院しながらですが、マイペースでボチボチ
   やっていこうと思っています。
   
   
SF:くれぐれもご無理はなさいませんように・・・。
   それでは最後にSFにメッセージをひと言、お願いできますでしょうか?
   
KT:「先生」って呼ばれるのが、一番イヤです(爆)(Q:すいません!
   ではこれからは『谷井さん』で)
   こんな帆船好きのグループがあるとは知りませんでした。ぜひお仲間に
   入れて下さい。
   
SF:わぁ!もう、喜んで!***


会期中は、息子さんの成章さんと一緒に、ほぼ毎日ずっと展示会場でお客様に
絵の説明をなさっていた谷井さん。その気さくなお人柄に、つい長時間「谷井
ワールド」に浸ってしまう方もいらしたようです。
現在、地方でもいくつか個展の予定があるとのことで、これからも素晴らしい
作品が観られそうで楽しみです。でもくれぐれもお体、大切に・・・。

今回は個展会期中のお忙しいところ、長時間お付き合い下さいまして
本当に感謝です。有り難うございました!

(インタビュー:Qたろー&SFボラチーム(ちょっこさん、あーちゃん、
イナさん、ぐんそう)

              *******
              
(注1)「いろは丸事件」:慶応3(1867)年、坂本龍馬率いる海援隊が
    チャーターした<いろは丸>と紀州藩の<明光丸>が、鞆の浦沖で衝
    突した事件。大破した<いろは丸>は鞆港に向かって曳航中、沈没。

    この事件で坂本龍馬は、日本で初めて船のログブック(航海日誌)を
    証拠物件として用い、万国公法(International Law)を引き合いに
    出して、紀州藩から膨大な慰謝料を手に入れた。

(注2)「合いの子船」(あいのこぶね):明治維新後、近代化政策をとった
    政府は、500石以上の大型和船の建造を禁止。これに反発した内航船
    主たちがとった苦肉の策が「合いの子船」(Hybrid ship)である。

    多くは弁才船の船体に、西洋式の帆装をもつ。性能的には、西洋式の
    帆船を凌ぐものもあった。イイトコどりの船。


posted by SaltyFriends通信 at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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