2009年12月06日

■□ よろず帆船人突撃インタビュー 〔40〕<キャリアドT>元船長  高尾一三さん ■□

イギリス、グレートブリテン島西部で話されるウェールズ語で「愛しい人」と
いう意味の名前を持つ船<キャリアドT>は、なんと1896年建造。
現在のところ、世界最古にして最大の木造ガフケッチです。
この船が約20年前、ヨーロッパから海を渡って日本へやって来ました。この回
航時に乗船され、その後日本国内で9ヶ月間にわたって船長を務められたのが、
今回ご紹介する高尾一三さんです。

高尾さんは海上保安庁ご勤務時代、南極観測船<宗谷>に乗船され、南極には
3度航海なさっています。船乗り歴は、通算31年!
今回は<キャリアドT>の航海のお話しを中心に、南極のお話しもちょっとだ
け伺ってみました。

高尾さん&宗谷.jpg
船の科学館にて、<宗谷>をバックに。
(以下、本文中の写真はすべて高尾さんご提供)

高尾一三(たかお いちぞう)さんプロフィール

ご出身:東京都
御生年:1924(大正13)年
    高等商船学校(一期生)「明治丸ボランティアクラブ」メンバー
    「船の科学館」宗谷ボランティア
ご趣味:お散歩、音楽鑑賞(好きなグループはビートルズ、ビージーズ)

1950年、海上保安庁に入庁。1955年〜1959年<宗谷>乗組員として南極に航海。
85年に退職後、小型船舶操縦免許取得インストラクター。
1987年〜1990年、<キャリアドT>元オーナーの伍凰商事kk.(当時)勤務。

<キャリアドT> Cariad 要目

1896年イギリス サウザンプトン建造
帆装:2檣トプスル・ガフケッチ
全長:118フィート(約36m)
デッキ長:106フィート(約32m)
全幅:18.5フィート(約5.6m)
総トン数:80.83トン

キャビン数:4室
乗員人数(ゲスト/クルー):6名/5名

Cariad sailing054.jpg
日本へ出港前、マルタ島で。フルセイルで航海中の<キャリアドT>。


以下、高尾一三さん:〔IT〕(敬称略)
Salty Friends:〔SF〕


SF:まず始めに<キャリアドT>との馴れ初めについて、教えて下さい。

IT:保安庁を退職して小型船舶免許取得のインストラクターをしていた時
   知り合いから伍凰商事(当時)を紹介されたんです。もともと船関係の
   会社ではなかったんですが、社長が帆船好きで・・・。
   
   入社してすぐ<キャリアドT>購入のため、地中海のマルタ島に飛びま
   した。社長はイギリスにいた<キャリアドT>を見て、私が入社した時
   にはすでに購入を決めていたようですね。
   日本への回航の準備などで、マルタ島には2度行きました。
   
Cariad @Malta052.jpg Cariad hull053.jpg
左:<キャリアドT>船尾部分。後ろに広がるのはマルタの町並み。
右:船底の塗装中。「木造」の質感がよく分ります。

      
SF:マルタで初めて<キャリアドT>をご覧になった時は、いかがでしたか?

IT:初めて見た時は、まずその大きさにびっくりしました。ヨットといって
   もトプスル・ガフケッチで、セイル8枚。全長は40メートル近くありま
   すからね。
   回航準備のために出港前、マルタ島の近くを何度も行ったり来たり、セ
   イリングしていましたが、遠くから見ても本当に美しい船でした。
   
   ただ、私の学生時代は戦時中で。普通、商船学校の生徒は、座学を受け
   てから帆船での実習を経て卒業するものなんですが、ご存じのように
   戦争中は、私の乗船していた<進徳丸>もヤードを外していましたから。
   私はその帆船実習を受けられなかったんです。
   
   いきなり帆船に乗れと言われて、実は内心気が気ではありませんでした
   が・・・「知りません」とも言えないし(笑)まぁ、なんとかなるだろうと。
   回航中、イギリス人のビル船長やその他のクルーが、操船について色々
   教えてくれて、大変助かりました。
   
   
SF:親切な方達で良かったですね!
   その後、シンガポールからは高尾さんと一緒に、日本人クルーがもう
   お一人、乗船なさったそうですね?
   
IT:そうです。マルタからシンガポールを経て、日本まではイギリス人の
   ビルが船長で回航し、私はシンガポールからもう一人の日本人、後輩の
   小野という航海士と一緒に乗り込みました。
   
   当時のログブックや日記を見ると、シンガポールを88年1月9日に出港し、
   2月11日日本着。那覇までは帆走43%、機走57%で航海しています。
   <キャリアド>はかなり足の速い船で、帆走13ノット、機走で9ノット
   出るんですよ。

Cariad circus055.jpg Cariad lunch time056.jpg
左:船上で「シルク・ド・ソレイユ」!?退屈しのぎにふざけるクルー。
右:みんな揃ってお食事タイム(右端が高尾さん)。
  
   
SF:シンガポールからというと、海賊で有名なマラッカ、シンガポール海峡
   のあたりを通られたかと思いますが、航海中は大丈夫でしたか?

IT:実はインドネシアのサラヤルというところを航海中のこと。ディッキー
   というクルーと私が当直だったんですが、そこに突然現地の小型船が寄
   せてきて「Water! Water!」って叫ぶんです。
   水が欲しいのかと思いエンジンを止めると、ビルが下から血相を変えて
   上がってきて「止めるなぁー!」と。
   
   びっくりしましたねぇ!「このあたりの海は危険だ。海賊かもしれない
   から、絶対に船を止めないように」と言われました。接触していないの
   で、本当に海賊だったのかそうでなかったのか、分りませんけどね。
   
Cariad Water Water!!057.jpg
「Water! Water!」と寄ってきた小型船。う〜ん、怪しいような怪しくないような;;

   
SF:それは「航海中、びっくりしたことNo.1」ですね!ご無事で何よりでし
   た。その他航海中、印象に残ったことは何でしょうか?
   
IT:そうですね・・・私にとっては、<キャリアド>という帆船の操船、そ
   のものが大変興味深かったですね。
   ハルマヘラ島を通過し太平洋に出ると、風も波も強くなります。ところ
   が片舷が水に浸かるほど船がヒールしても、イギリス人クルー達はマス
   トやデッキの上を、ハーネスもつけず、猫のように飛び跳ねながら仕事
   をしているんです。これにもびっくり、でした。
   
   あと、赤道近くにあるハルマヘラを出たところで、生まれて初めて
   南十字星と北極星を見ました。これは本当に感動しましたねぇ!
   
   
SF:わぁ***それは素敵な体験ですね。
   では逆に航海中、何かご苦労なさったことはありますか?
   
IT:ビルには申し訳ないけど、日本食が恋しかったです(笑)。
   クルーは我々日本人2名以外、全員(5名)イギリス人ですから、当然
   食事は、パンとかスパゲティとか。
         
   あと水が貴重ですから、なかなか洗濯ができません。航海中はスコール
   が来ると、デッキで洗濯したりシャワー代わりに浴びたりしていました。


SF:なるほど。高尾さんは日本で9ヶ月間<キャリアドT>の船長をなさっ
   ていたわけですが、船長として「本船のここが自慢!」というポイント
   はどこでしょうか?
   
IT:やはり内装でしょうか。マホガニーなどの高価な木材をつかっており
   とくにサロンは、とても豪華に作られています。あと食器類も、オリジ
   ナルのロゴが入ったものを使うなど、かなりお金をかけていましたね。
   
   「自慢」とはちょっと違いますが、船内には常に音楽が流れていました。
   イギリス人クルーの趣味だったと思いますが、もっぱら流れていたのは
   ビートルズやビージーズ。毎日聞いていたら、僕も好きになっちゃって
   ね(笑)。今でもよく聞いてますよ。
   
Cariad funny crews059.jpg Cariad stormy058.jpg
左:サロンにはバーもついてます♪(それにしてもひょうきんなクルー(笑))
右:荒天時、高尾さんはもっぱらヘルム担当。


SF:ビートルズを聞くたびに、<キャリアドT>の楽しかった航海が思い出
   されますね。
   では最後に、せっかくですので<宗谷>のお話しも少しだけ聞かせて
   下さい。<宗谷>といえば樺太犬の「タロ」「ジロ」が思い出されます。
   三次越冬隊が昭和基地に着いて、二匹が生きていたと分った時はどうで
   したか?

IT:そりゃあ、びっくりしましたよ〜!犬係だった北村さんが飛んで行っ
   たんですが、映画と違って警戒した犬たちは、すぐには寄って来なかっ
   たと聞きました。10分くらいにらみ合ってたとか。
   
   <宗谷>の砕氷能力は、一次が1m、二次で1.2m。でも実際の氷は
   4mも5mもあり、何度かビセット(氷に閉じ込められること)しまし
   た。ソ連(現ロシア)の<オビ>や、アメリカの<バートンアイラン
   ド>などに救出してもらいましたが、しかし最近では日本も、他の国の
   砕氷船を助けたことがあるんですよ。南極では「お互い様」なんです。


SF:南極のシーマンシップならぬ、「ポーラーマンシップ」ですね。「幸運
   だった」と言われる一次も大変だったでしょうが、木造の機帆船<開南
   丸>で、日本人として初めて南極に行った白瀬中尉達は、もう本当に命
   がけだったんでしょうね。
   
IT:ここ数年、地球温暖化が進み、南極の氷がどんどん溶けて「チャー
   ジング」(船首を氷の上に乗せて割る作業)の回数が減っているそうで
   す。南極観測は、地球温暖化を調査する大切なプロジェクトなんですよ。

Cariad チラシ050.jpg Cariad チラシ 2.jpg
「YES'89」のために伍凰商事(当時)が制作した<キャリアドT>の
チラシ(2枚とも)


日本に到着、那覇から横浜へやって来た<キャリアドT>は、当時開催されて
いた横浜海洋博覧会「YES'89」に参加。40日間ほど一般に公開されました。
その後、オーナーだった伍凰商事kk.の倒産により、いったんシンガポールへ。

93年に「日本チャーターヨット協会」が中心になって有志を募り、シンガポー
ルに放置されていた<キャリアドT>を再び購入、日本に「再入国」します。
が、実は1921年、関東大震災の2年前に<キャリアドT>(当時の船名は
<フィドラ>)は日本に初寄港していますので、実質、この時は三度めの日
本入国になるわけですね。

以来、10年に渡って関東を中心に運航していましたが、2005年3月全面的なリ
フィットのため、タイへ回航されました。(この『お見送り航海』は小会サイ
トでもご紹介しています)

しかし1年間に渡って関係者の皆さんが奮闘されたものの、資金調達は叶わず、
2006年6月、マレーシア在住のイギリス人ウィリアムソン氏が新しいオーナー
に。現在、完全にレストアされ美しく甦った<キャリアドT>は、マレーシア
を拠点にクルージング中とのことです。

<キャリアドT>再生の様子はウィリアムソン氏のサイトで。
「Restration」のページは「圧巻」です!

Cariad sailing 2060.jpg
「キャリアドでの9ヶ月間。短い期間だったけど、楽しかった!」と高尾さん。


普段「よろず」のインタビューをお願いする時、皆さんに「小一時間ほど」
というお約束で始めるのですが、大体いつも時間をオーバーしてしまいます。
今回の高尾さんも小一時間どころか、2時間近くも話し込んでしまい、あ!
お写真を撮らなきゃ、と我に返ったのはもう夕方。

<キャリアドT>や<宗谷>の当時のお話しを、それは楽しそうに熱心に語っ
て下さいました。貴重なお話しを有り難うございました。
これからも船館のボランティア仲間として、どうぞ宜しくお願いいたします!

(インタビュー:Qたろー&SFボラチーム Ginga、ぐんそう、カズー)
posted by SaltyFriends通信 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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