先月より始まった、SaltyFriendsボランティアチームの Ginga さんの
津軽海峡の船レポート。第2回は、北海道江差からです。

東北から、北海道へと渡りどんな船と出会えるのでしょうか。

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開陽丸_スクリューシャフト

その3:開陽丸
 青森の翌日は北海道に渡り、江差町の開陽丸青少年センターを見学しました。
http://www.h6.dion.ne.jp/~kaiyou/
 開陽丸は幕末にオランダで建造された軍艦で、榎本武揚の艦隊の旗艦
でしたが、江差攻略の際に江差沖で沈没した船です。
 開陽丸青少年センターは、その開陽丸の姿を復元して作られて
おり、内部には引き上げた開陽丸の遺物をはじめ、開陽丸の歴史と
戊辰戦争の歴史が展示されています。

展示内容:
・建物の外観は開陽丸の
図面から復元しており、本体はコンクリート製ですが、露天甲板は木が
張られています。マスト、ヤードもあり、外観は船そのものの姿をしています。
実船よりも幅が1m広く作られています。
海岸に作られているので遠目には船そのものに見えます。

・船内は海中から引き上げた遺物の展示と戊辰戦争に関する資料が展示されています。
 大砲と砲弾には「手が汚れます」との注意書きがありますが、自由に触ることが出来ます。
砲弾は小さくても重い!
鉄製なので当たり前ですが、日ごろ鉄の塊など持ちなれていないので、
ずっしり重みを感じました。
揺れる船の中でこれを持ち運び装填するのは大変だったろうなあ。
 このほかの小さな遺物はガラスケースに収められています。

葡萄弾

・人形を使って、ハンモックで寝る様子や大砲の発射、船尾では会議中の
首脳陣(榎本武揚・土方歳三など)の様子が再現されています。

ハンモック

榎本武揚と土方歳三

・露天甲板に出ることが出来ますが、木造部分はずいぶんと痛んでいました。

木造部分は痛んでいる

ミズンマスト

・海中から引きあげられた船体外板、スクリューシャフト、キャプスタンは
屋外に展示されています。  

引き上げた船体の一部

アクセス:
・JR江差駅からタクシーで約5分。610円(2009年4月)。
駅前から海沿いの道に出ると開陽丸の姿が見えます。
 江差駅を通る路線バスもありますが、JRとは接続していませんでした。
江差町の中心部までは徒歩5分ほどで、江差追分会館、江戸時代の鰊問屋(横山家)、
回船問屋(旧中村家)などがあります。
・函館から江差まではJR江差線がありますが、1日数本です。
函館からのバスも1日数便です。

・観光シーズンには函館等から江差・松前観光のバスツアーがあるので、
それを使うと便利とのことです。(館員の方より)

その他:
・函館市内の小学校はほぼ全校が社会科見学で訪問するとの事です。


その4:江差の鰊問屋横山家

江差鰊問屋の蔵と作業場

 開陽丸の後、昔の江差町の中心部へと向かい、鰊問屋横山家を見学しました。
現在は、子孫の方が住んでいます。
 江差は江戸時代から鰊の集荷地で、周囲から鰊を集め、北前船で関西方面に運んでいました。
 横山家の公開は4月下旬からでしたが、丁度玄関にご主人が居られて、
内部を見学させていただくことが出来ました。ご主人自ら案内して説明をしてくださいました。

展示内容:
・江差で江戸時代から続く鰊問屋の家
 小樽などの鰊御殿は漁師網元の家だが、横山家は商社としての建物で、
海岸(現在の国道)から町の中央の通りまでの斜面に長く伸びる敷地に
建物群が建てられています。

海に面して鰊問屋が連なる

元海は今道路(撮影は船着場から)

海側から順に、船着場、船から荷を上げ保管する土蔵(4棟)と蔵の脇の作業場、
座敷、商店部分と続きます。
作業場(土間)は蔵の脇に沿って作られ、屋根・壁がある屋内になっており、
冬場でも作業が出来るようにしてあります。
・蔵の中、座敷などには江戸時代からの所蔵品(美術品、日用品)
が展示されています。
家紋の入った家具や食器などそれぞれ日本各地から運ばれてきたことがわかります。
・昔は海岸に沿って問屋の建物が並んでおり、その当時の写真がありました。
   
アクセス:
・開陽丸から徒歩5分程度。
 江差の町の旧道に沿って入り口があります。

その他:
・江差から出荷する鰊は、一旦煮て油を抜き乾燥させたもので、綿花や
藍の栽培に肥料として使われた。
油は捨てていたが、明治になって、三井物産が油を買うようになった。
江差に運ばれてきたものは米・日用品のほか、瓦(船のバラスト代わりに積んできた)、
稲わらなど。稲わらは鰊などを出荷するための俵の材料として使う。
現在の海岸沿いの国道は昭和40年代に埋め立てにより作られた。
それ以前は海で、海岸に鰊問屋が並んでいた。
江差追分会館、町役場などは埋立地に作られた。
それ以前の町の中心は旧道沿い。(横山家ご主人より)


おまけ:咸臨丸
 太平洋横断で有名な咸臨丸は榎本艦隊の江戸脱出の際に嵐のため
損傷して清水港に入港し、明治新政府に拿捕されました。
その後、明治時代には輸送船として北海道方面の輸送にあたっていましたが、
明治4年に木古内沖で座礁し沈没しました。
http://www.town.kikonai.hokkaido.jp/kankoujouhou/kankoumap/kankoumap.jpg

展示内容:
・咸臨丸は木古内のサラキ岬の海岸で座礁し沈没しました。
その海岸に咸臨丸の形とオランダの風車の形をしたモニュメントが作られています。

木古内_咸臨丸遭難の地

夜間は咸臨丸がライトアップされ、風車の羽には明かりが灯ります。
・木古内駅の駅舎には壁を突き破って咸臨丸が飛び出してきたようなモニュメントが
造られています。帆の部分には電球が取り付けられており、夜になると明かりが灯ります。

アクセス:
・サラキ岬は木古内駅から函館方面に車で10分程度。
 江差線の電車の窓から咸臨丸のモニュメントが見えます。
木古内駅から函館方面に約10分の地点です。 

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さて、来月は、いよいよ最終回。
北海道は函館からのレポートです。
次号もご期待あれ!!