2009年04月10日

■□『海の覇者トマス・キッド』シリーズ第7巻発刊記念特別寄稿 「わが著者とイギリス港町デート」   By大森洋子さん ■□

いよいよ今月4月24日、早川書房から『トマス・キッド』シリーズ
第7巻『新任艦長、孤高の海路』が刊行されます!!
前作『ナポレオン艦隊追撃』から1年。今回キッドは、どんな活躍を
見せてくれるのでしょう。楽しみですね♪

そしてこのシリーズの翻訳者、大森洋子さんがなんと7巻刊行を記念
して、当「Salty Friends通信」に3回シリーズで特別寄稿して下さる
ことになりました****今回が第1回めです。

再来週の24日、カレンダーに今から赤マルしなくっちゃ☆


◇海の好きな少年◇

 ロンドンから列車で西へ4時間ほどいくと、コーンウォール州のセン
ト・オーステルという海辺の小さな町に着く。昨年の九月初め、わたし
は英仏海峡を見はるかす高台のホテルで、『海の覇者 トマス・キッ
ド』シリーズの著者とその夫人、ジュリアンとキャシーを待っていた。
シリーズ七巻目の"Command"の翻訳を始めるまえに、久しぶりに著者に
会いたくてやってきたのだ。

「ヨーコ!」玄関から飛びこんできたキャシーは相変わらず知的で、
エネルギッシュ。茶色いショートカットに大きな青い目がきらきらして
いる。
 外で待っていたジュリアンはこれまた相変わらずシャイで無口だが、
両腕を広げて、大きな胸に温かく抱きしめてくれた。

Julian 1.jpg Kathy.jpg
『キッド』シリーズ著者のジュリアン・ストックウィン氏と
奥様のキャシー(右)(写真:大森洋子さん)


 わたしがストックウィン夫妻に初めて会ったのは、四年前。実は一巻
目を翻訳したあとすぐに、著者のウェッブ・サイトにメールを出して、
自分はあなたの訳者です、と書いたのだが、梨のつぶて。著者というも
のは訳者に関心がないのかな、わたしだったら、大ありだが、と思った
ものだった。
 三巻目を訳したあと、物語の舞台となっている英仏海峡沿いの港町を
訪ね歩くことにし、著者にも会いたいと、ふたたびメールした。すると
「一度目のメールはなぜか気がつかなかった。ああ、二年間あなたと
コンタクトできなくて、もったいなかった。ぜひとも会いたい」と、今
度はすぐさまキャシーからメールが返った。

 わたしは夫妻の住んでいるデボン州アイビーブリッジの隣町、トット
ネスのホテルに投宿した。そこで初めて会ったとき、キャシーはもう十
年来の友のようにわたしを歓迎してくれた。それまでわたしは自分の著
者と手紙やファックスでやりとりしたことはあるが、会うのは初めて。
わくわくしながらも、不安があり、緊張していた。そんな緊張を
キャシーは吹き飛ばしてくれた。夫妻と付き合ううちにだんだんわかっ
てきたのだが、キャシーの人を迎え入れる懐の深さは、性格だけでなく
キャリアからもくるものなのだろう。そのキャリアこそジュリアン・ス
トックウィンという作家を生みだしもしたのだ。

sailtraining Falmouth.jpg
ファルマスの港で、マスト登り訓練中の帆船(写真:大森洋子さん)


 ジュリアンはというと、わたしの二倍はあるかのようながっしりした
巨体。白いヒゲが頬から顎をおおい、眼光鋭い。燕尾の軍服を着せたら
そのまま帆船艦長になりそうなのに、小さな声でぼそぼそと話す。英語
も聞き取りにくい。「ジュリアンはシャイなの」と言って、すかさず隣
のキャシーが明瞭な英語で”通訳”してくれる。それで話はわかるのだ
が、これから数日いっしょに過ごすのに、ジュリアンと直接コミュニ
ケートできないのではないか、とわたしは心配になった。

 翌日、キャシーが仕立ててくれたタクシーでわたしたちはトットネス
からデボン州独特のうねる緑の丘陵を越えて、港町プリマスへ行った。
町の南端の断崖にあるザ・ホーという公園地区に立つと、プリマス湾が
一望できる。プリマスは一六九〇年に王立造船所が造られて以来、いま
でもヨットから軍艦まで造る造船の町として栄えている。断崖の先端に
立って、ジュリアンが右手の海面に浮かぶ灰色の軍艦を示しながら、な
にか言った。
「……ナイヴァル・バイス……」
 この二つの単語にわたしは首をひねって、次の瞬間、合点した。「ネ
イヴァル・ベイス……海軍基地……かぁ」

Pendenis castle.jpg
同じく英国海軍もの『ボライソー』シリーズにも登場する、
ペンデニス城(写真:大森洋子さん)


 そうだ、ジュリアンは長くオーストラリアにいた。彼の英語はオー
ジー・イングリッシュっぽいのだ。そうとわかったら、ジュリアンの英
語が聞こえてきて、話がはずんだ。なにしろわたしは彼の訳者だ。彼の
本はそれこそ隅から隅まで何回となく読んでいる。彼が「キッドがプリ
マスで……」と話しだすと、「ああ、彼が酔っぱらったときね」と応じ
ることができる。こんな楽しいことはない。彼の目がやさしくなり、少
年のような顔になって、大きな声で、「ヨーコ、ぼくはね、子供のころ
から海が好きで」と話しだした。

 ジュリアンは一九四四年、ポーツマス港の近くの町で生まれた。よち
よち歩きのころから通りで水兵にくっついていき、あるときなどは死ん
だカモメを家へ持って帰った。海の臭いがするからと言って。困り果て
た両親は彼を海洋訓練校「インディファティガブル」へ入れた。厳しい
訓練に音を上げて、海への想いを捨てるだろうと見たのだが、逆効果。

 彼はますます海が好きになって、十五歳で水兵としてイギリス海軍に
入った。家族がオーストラリアへ移住したので、彼もオーストラリア海
軍に転属し、極東や南洋諸島も含めて世界の海を航海した。あこがれの
嵐も何度も経験した。八年後、下士官となっていた彼は海軍を辞めた。
辞めるのはひどくつらかったが、海軍入りで出来なかった勉強がしたく
なったのだ。タスマニア大学で心理学を学び、教育心理学を教えていた
とき、やはり教育心理学の教師だったキャシーと出会い、結婚した。

sailmaker Falmouth.jpg
ファルマスは船の町。セイルメーカーの工房(写真:大森洋子さん)


 アカデミックな世界に幻滅した二人は、人生の冒険を求めて香港へ。
そこでジュリアンはコンピューターに興味を引かれてソフトウェアーの
開発者に、キャシーは『リーダーズ・ダイジェスト』の編集者になった。
この新たな職業が二人を新しい世界へ導いていくとも知らずに……。
ジュリアンは海への想いが捨てがたく仕事のかたわらイギリス海軍予備
軍に入り、少佐にまで昇進して退役した。一九九〇年、二人はイギリス
に戻った。商船の運用関係の仕事についてストレスのたまっていた彼に
キャシーが言った。「書くのよ、海の話を、ジュリアン」


かわいい来月号へ続きます!かわいい


posted by SaltyFriends通信 at 19:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「新艦長、孤独の海路」ジュリアン・ストックウィン / 縦横無尽の快作!
Excerpt: 夜っぴいて読み耽ったあと未だ興奮冷めやらぬまま、半ば呆然とした状態でこれを書いている。 これほど魅了される物語は、僕にとってやはりトマス・キッド・シリーズをおいて他には考えられないことだけははっきり..
Weblog: 辻斬り書評 
Tracked: 2009-05-01 14:42
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