2008年09月10日

■□ 「あこがれ」榎本武揚没後百周年記念航海レポート By ぶんごー □■

みなさん、今年の夏は何してました?
初めての土地に行ったりしました?おいしいものいっぱい食べたりできました?素敵な出会いはありました?今までと違う自分を見つけたりできました?
ぼくはいま書いたようなこと、全部経験しました。
うらやましいですか?どんな夏だったのかって気になりますか?
気になるのなら教えましょう。今年の夏、ぼくはずっと帆船で暮らしていたんです。

こんにちは。そしてまだ覚えてくれている人がいたらお久しぶりです。
ぶんごーです。
七月の中旬から八月の終わりまで、ぼくは東京から小樽まで向かい、そして母港の大阪に戻る帆船「あこがれ」の約一ヶ月半の航海にボランティアクルーとして連続乗船しました。
今年の夏を帆船で暮らそうと決めたのにはいくつかの理由があります。
まず長い期間にいくつもの港を巡る航海は「あこがれ」でもそんなに多くないこと。今度はいつこういったパターンの航海を経験できるかもわかりまぜん。
それとぼく自身、仙台より北に帆船でいったことがなかったこと。津軽海峡の潮は速いというけどどうなんだろうか、夏の三陸や北海道沿岸は霧が深いと聞くけど実際にはどの程度なんだろうか、などなど、一度自分自身で体験したかったのも理由です。

今回の航海の東京〜小樽の区間は「榎本武揚没後百周年記念事業」の一環で、幕末の幕府軍艦「開陽丸」が江戸を脱出した航跡を追うものとなっているのです。
江戸城が明け渡された後、榎本武揚率いる開陽丸を旗艦とした幕府艦隊は石巻、宮古を経由して函館に向かい、五稜郭の戦いで有名な函館戦争へと至るのです。
なので、各寄港地ではいろいろな行事が行われたりもしました。
トレーニーさんが乗っている時の航海の様子は「あこがれ」のサイトにも紹介されています(http://www.akogare.or.jp/shipslog2/shipslog0.html)ので、ぼくは各寄港地の様子などを中心にレポートしていこうと思っています。

080713_1035~02.JPG
東京出港!(photo by みっきー)

ぼくの最初の航海は七月十三日。東京お台場、東京ビックサイト脇の埠頭から始まりました。
出航前、なぜか岸壁に怪しい和服姿の集団が・・。
よくよく見ると怪しい集団の衣装は新撰組の隊士の装束です。
やってきたのは市谷柳町試衝館・滝野川新選組のみなさん。
実は軍艦開陽丸には、石巻から新撰組の土方歳三が乗船して函館に向かいました。
そのご縁で今回はお見送りにきていただいたみたいです。
新撰組.JPG
<あこがれ出港式>photo by ふっくん

東京から宮城県の石巻への三泊四日の航海には十六人のトレーニーが乗船。
夏休みにはちょっと早いということと、開陽丸の航跡を追うという企画のせいなのか、年配の方が多く若い人は小学生の男の子が一人だけ。
この日のは浦賀水道を南下して千葉県、館山沖にアンカー。
この館山湾も品川から江戸を脱出した榎本艦隊がしばらく停泊した地です。というわけで夜にはトレーニーのとおるちゃん&なかちゃんによる榎本武揚や開陽丸についてのレクチャーなどもありました。
翌朝は十時半に錨を上げて、いよいよ石巻に向かっての本格的な航海が始まります。
セイル展帆、マスト登りなどのトレーニングメニューをこなしながらこの日は船は夜中もひたすら北上します。
マストのぼり.JPG
<マスト登り>photo by かおちゃん

翌十五日の夕方には石巻港外に無事アンカー。
夕食後にはデッキで夜の運動会。名前は怪しげですがいたって健全な運動会です。
最終日は朝の十時に着岸。
岸壁での入港レセプションの後、トレーニーは下船して航海は終了しました。
入港の翌日は休日だったのですが、石巻市の方のご好意でクルー、ボランティアクルーはマイクロバスでの市内見学に向かいました。
宮沢賢治なども訪れたという市街地や港を一望する公園や石巻ゆかりのマンガ家、石ノ森正太郎さんの記念館などを見学した後、慶長使節船ミュージアムへ。
ここは今から400年前に伊達政宗が太平洋、大西洋を越えてヨーロッパに送った、支倉常長の遣欧使節について紹介しています。
敷地の一角には目の前の海から海水が引き込まれて、そこには使節を運ぶために日本で建造された洋式帆船「サン・ファン・バウティスタ」の復元船が浮かんでいます。
サンファン2.JPG
<サン・ファン・バウティスタ号>photo by かおちゃん

この船は奇しくもあこがれと同い年の15歳。
当時の船そのままのレプリカなどで当然エンジンなどはついていませんが、建造当時はタグボートで曳航されての航海なども行ったそうです。
あまり知られていない施設ですし、場所柄そう簡単にいくこともできないのですが、船好きな方なら一度は訪れてみる値打ちがあると思います。
陽が暮れかかるころ、サン・ファン・バウティスタ前の広場で、今回の航海の石巻実行委員会のみなさんが、歓迎のバーベキューパーティーを開いていただきました。
ライトアップされた船と夕暮れの海を眺めながらのバーベキューはとても素敵でした。

石巻で数日を過ごした後、七月二十日からは岩手県の宮古に向けての一泊二日の航海です。
トレーニーはほぼ満員の34名。今回は「石巻少年の船」と銘打たれていて、石巻市内の小、中学生が10名ほど乗っています。
他の方は割と年配の方が多いバランスになってました。宮城、岩手の人が多いので、船内標準語の大阪弁にまじって東北弁も飛び交うようになりました。
出航後はひたすら北上して宮古を目指します。
海は穏やかですが、太平洋の航海ということでやはりそれなりに揺れてきます。
小、中学生のほとんどははやばやと船酔いでダウン。大丈夫か、若者たち。
それにひきかえ「元」少年のみなさんはやたら元気です。
デッキ作業やらマスト登りやら、存分に帆船での生活を楽しんでいらっしゃいます。
翌朝、天候はこの時期の三陸特有の霧。
朝食後、霧が少し晴れてきたころに宮古に入港です。
「元」少年のみなさんは舳先で近づいてくる陸地に目をやっています。
たった一晩だけの航海ですが、陸地が近づいてくるとなんとなくほっとするのは不思議です。
和太鼓の演奏にお出迎えされながら着岸。ここでも入港レセプションがあってトレーニーは解散となりました。

ここ宮古でも地元の方のご好意で、休日にバスによる周辺の見学がありました。
まずは日本三大鍾乳洞のひとつ龍泉洞へ。
普段あまり歩かない面々が鍾乳洞を延々見学していい感じでくたびれた後には、グリーンピアたろうという施設でお風呂をいただきます。
あこがれでは普段はシャワーしか使えないので大きな湯船に漬かれるのは本当にありがたかったです。
船に戻った後、夕方から船の近くのレストランで地元実行委員の心づくしのレセプション。
宮古の地酒「千両男山」おいしゅうございました。
東北もこの辺りまでくるとかなり街の雰囲気が変わってきます。
街に食事にいってもほや、どんこなどなど東京ではあまりおめにかかれないメニューも多くなってきて面白かったです。

七月二十四日。朝の宮古港は深い霧に包まれていました。
今日は函館に向けての二泊三日の航海の出航日です。
前回に続いて、宮古市内の各中学からひとりづつ選ばれた14人の中学生とそれ以外はちょっとアダルトな人というトレーニーのメンバー構成です。
今回は榎本武揚さんの曾孫の方もトレーニーとして乗船なさってます。
出航の時はあたりの風景もぼんやりとしか見えないくらいに濃い霧。
まわりの風景が見えなくて残念という声もありましたが、ぼくには幻想的ですごく美しい景気に見えました。クルーは大変だったでしょうが。
風は弱いのですが若干のうねりがあって、今回も大人たちは比較的元気ですが、中学生たちは船酔い率がかなり高いです。
一夜明けるとそこはもう津軽海峡のすぐ手前。
昼頃には霧が少し薄くなってきて北海道が見えてきました。トレーニーたちもだんだん近づいてくる陸の姿にはしゃいでいます。
たとえ一泊、二泊の短い航海でも、どこか違う街へ行く、知らない土地を見るということは特別な気持ちにさせられるものですね。
この頃から船酔いしてきた人たちも徐々に復活。
心配していた津軽海峡も意外と静かで無事に函館港外にたどりついて錨を下ろしました。
三日目は天気もよくトレーニーたちも元気いっぱい。
マストの天辺まで登ったり、エンジンルームの見学をしたり、六分儀の使い方を勉強したりと希望のトレーニングをこなしていました。
15時に函館入港。岸壁では幕府軍の制服姿のみなさんのお出迎えも。
ここでも入港レセプションに参加した後、トレーニーは解散です。

函館では特にクルーででかけることはありませんでしたが、見所の多い観光地なのでそれぞれに函館での停泊を楽しんだみたいです。
レンタカーでドライブに出かけた人、函館近郊の湯の川温泉で航海の垢をおとした人。夜の街に消えていった人。
入港日の夜にボランティアクルー何人かで夜景のポイント函館山に登って、宮古の中学生たちと出会ってしまって大騒ぎになってしまったのもいい想いでです。
そしていよいよ、今回の榎本航海でもっとも印象深かった江差への航海が始まります。

八月一日。十一人のトレーニーと取材のテレビクルー三人を乗せてあこがれは一泊二日の航海に出航しました。
昼過ぎにテレビ撮影用のヘリが近寄ってきてセイルを六枚はったあこがれを撮影していきます。
お調子者なので無駄にマストに登ってトップボードから手を振ります。
夜の八時からエンジンを止めて帆走を開始します。ここまでの航海では風が弱かったのとスケジュールに余裕がなかったので、ガッツリと帆走できるのはめずらしいことです。
が、しかし、翌朝午前四時、帆走の宿命「オールハンズオンデッキ」が。
セイルの操作のために全員で作業をする合図がオールハンズオンデッキです。
一泊の航海では滅多にないのですが、今回は風がよくて北に進み過ぎて江差を通り過ぎてしまいそうなので方向転換を行います。
六時半からのデッキ磨きは行ったもののその後雨が降り始めました。
入港に備えて雨の中でセイルをたたみます。
今回の目的地江差は軍艦開陽丸が座礁、沈没した因縁の場所です。
現在、開陽丸の実寸大の復元船がつくられ、その中は博物館として引き上げられた開陽丸のパーツや積荷などが展示されています。
港に近づくともやのなかに復元船開陽丸のシルエットがぼんやりと浮かんできてかなりかっこいいです。
防波堤のすぐ近く、開陽丸の沈没地点で献花を行いました。
花を捧げたのは榎本武揚玄孫のニックネーム「ひめ」さん。
全員がカッパ姿でデッキに並んで海に花束を流しました。
もう岸壁まではすぐ。何人か見知った人たちが手を振っているのまではっきり見分けられます。
が、しかし突然、風が強くなります。デッキの風速計を見ると15mを越えています。
危険なので接岸を中止して再び沖にでます。
風が強い上に雨もかなり激しく降ってきたので船の上ではなにもできません。
一時はこの日の着岸はあきらめて、もう一晩沖で走ることも考慮したりしたのですが、結局、予定から二時間ほど遅れた午後五時くらいにようやく着岸することができました。
予定されていた入港歓迎式などはすべてキャンセル。電車の時間などがあるトレーニーたちはそそくさと雨の中へと散っていきました。

この日の夜は地元の方が主催のビアパーティー。
着岸が遅れたために予定よりずいぶん遅れておうかがいしたクルーを、待っていた人たちは暖かく向かえてくれました。
翌日は大雨の中で一般公開。
小さな街で岸壁が水たまりになるくらいの悪コンディションなのに、何人もの人が船の見学にきてくれて、あこがれへの関心の高さがうかがわれます。
夕方からは何人かのクルーと全員長靴を履いて街に出かけます。
ここでも、もう公開時間が終わった博物館も職員さんのご好意で中を見せていただいたり、食事にいったお店がビアパーティーでお話した人のお店だったりと、いろいろ便宜を図っていただきました。
江差のみなさんありがとうございました。

翌日、榎本航海最後コース、小樽への航海が始まります。
小樽は開陽丸とは直接の関わりはないのですが、榎本武揚によって開かれた街で、その縁で今回の航海の終着地となったのです。
天気は昨日までの雨から打って変わったよい天気。
いままでの航海とはちょっと違って若い人が多いのは、海上保安大学、海上保安学校の学生さんが多数乗っているから。元気がよくて楽しい航海になりそうです。
天気がよいのですがうねりがけっこうあって、航海が進むと船酔いする人が続出です。
大丈夫か!日本の海は守れるのか!
この日は夜航海だったのですが、朝起きるとなんとなくデッキの上が静かに。夜の間にエンジンを止めて帆走に入ったみたいです。
その後も風に恵まれてあこがれは順調に小樽に向けて北上します。
今日はみんな元気を取り戻してデッキ作業に遊びにと元気いっぱいです。
17時頃、余市沖にアンカー。
翌日を天気はよくみんなマストに登っての作業も積極的にやってくれて、船は気持ちよく走ります。
無事、15時に小樽港に着岸。岸壁でのセレモニーの後、みんなは元気に下船していきました。
ぼくの夏休みもこれで一区切り。
船を降りて東京に帰ります。
posted by SaltyFriends通信 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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