2008年08月10日

■■ 日本丸航海記 その3 ■■

Salty Friends通信50号記念☆より始まった、翻訳家の大森洋子さんによる
特別寄稿。
今月はその3回目、最終回です!


日本丸航海記 その3    (文・写真とも)大森洋子さん

10.蒼白いオタマジャクシ
 暗い海面を分けて突進してくる巨大な蒼白いオタマジャクシ! その正体は、
イルカ!イルカの大群が夜光虫に包まれて、蒼白く光っている! 彼らの体が
オタマジャクシの頭で、彼らの引く航跡が尻尾に見えるのだ。
 イルカの群れの泳ぐ海は、一面にぼうっとほの白く光っている。波山が崩れ
るたびに、夜光虫がこぼれるように輝き、船の分ける波が扇型に広がるたびに、
真珠の粒をばらまいたように白玉がころがる。ああ、なんという神秘、なんと
いう霊光……。


 昨年の6月、鈴与株式会社の持つ帆船ドーントレッダーに取材乗船させてい
ただいた。ドーントレッダーの走った伊豆の海にも夜光虫が蒼白い光の縞模様
を描いていた。研修生の女性が「仕事で悩んだとき、この夜光虫の光る海を思
いだす。まだこんなに感動する自分をかわいいと思った」そう反省会で言った。
 海は人を子供に返す。

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11.洋上ピクニック

 毎週火曜日は防火訓練や避難訓練の日だ。海上がおだやかなときはボート操
練が行われる。船が遭難したときに備えて、6艘あるカッター(救命艇)のう
ち片舷3艘を降ろし、緊急避難訓練をするのだ。実習生は半分がカッターに乗
り、半分が本船に残って作業をする。この航海中、5回、訓練が行なわれたが、
わたしは取材者の特権で、5回ともカッターに乗った。つまり、まさしく「太
平洋の白鳥」の姿を5回もこの目にすることができたのだ。船に乗っていると
きは、わが船の姿は見えない! しかも、ジュースにお菓子付きのピクニック
気分である。

 ライフジャケットをつけた実習生たちがカッターに乗りこむ。
 ロープが引かれて、カッターは徐々に海面へと降りていく。海面に降りると、
すばやくマストを立てて帆を張り、本船から逃げる。沈んでいく船のまわりに
は海水が渦を巻き、まわりの物を引きこむ。一刻も早く本船から離れなければ
ならない。ところが、我が艇のマストが立たない。前に使ったときに、きちん
とロープをしまっておかなかったため、絡み合ってほどけないのだ。
 オフィサーが言う。「おまえらな、自分の使った物はきちんと後始末をしな
いと、次に使う者にツケがまわる。当直も同じだぞ。きちんと片づけて、次直
の者に引き継ぐことが肝心だ」
 船では整理整頓が安全の要。陸上でもそうだ。
 オレンジ色の帆が広がって、カッターは走りだす。

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ヒーブツーしている日本丸


 本船はフォアとメイン・マストの帆に裏を打たせ、洋上で止まっている。あ
あ、あれが踟蹰[ヒーブ・ツー]だ! 帆船ものの翻訳で頭では知っていたヒー
ブツーを目の前にすると、ああ、こんな大きな船が帆の操作だけで、ぴたりと
止まっていることができるのだ、と大きな驚きに襲われる。
 3メートルのうねりが盛りあがって、本船は船体がうねりに隠れ、帆だけが
見える。小さなカッターは水の壁の下に沈んでは持ちあげられ、横倒しになる
かと思うほど傾く。
「マグロ一匹、釣れたぞ!」
 本船にすっかり慣れていた実習生たちは、カッターの小さな揺れにゆさぶら
れて、一匹、また一匹とマグロと化してゆく。

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船酔いもものかわ、カッターのオールを漕ぐ実習生たち


 わたしは船酔いしない。船酔いしないのは、三半規管が鈍感だからで、威張っ
たことじゃない。人間は数日のうちに揺れに慣れて、船酔いから回復するもの
だが、どうしても慣れない人が5パーセントいるという。かのネルソン提督も
その5パーセントの一人だったそうだ。

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仲間のカッターと交信


 本船のフォアとメインのヤードが一斉にまわって、右舷に開き、風を受けた
と思うと、ぐんぐんとこちらへ走ってきた。
「かっこいい!」
「おれたち、あんなカッコええ帆船で実習しとるんや!」
 日本丸はわたしたちの前を姿を変えながらものすごいスピードで滑っていく。
4本のマストの帆を重ねた真正面の姿、総帆36枚を白く輝かせた真横の姿、
走りぬけていく後ろ姿の船尾には金箔の「日 本 丸」の文字。まさしく「太
平洋の貴婦人」われらがマザーシップ!
 オールを漕いで、カッターは本船の舷側についた。
 行きはよいよい、帰りは怖い。わたしたちは本船の上から降ろされた縄ばし
ごをよじ登って、甲板まで上がらなければならない。
 縄ばしごのロープの間隔は広く、片足をよいしょと大きく振りあげなければ
届かない。止まった本船はうねりに揺られてゆらゆら。縄ばしごはよじれて、
体が回転する。その上、この航海で毎食、士官たちといっしょに大食い、早食
いしているわたしの体は作業服がぴちぴちになるほど加重している。太ももが
ズボンのなかではち切れて、なかなか持ちあがらない。ああ、だれか、助けて
くれー。
 ようやく甲板に這い上がる。
 部員さんが訊く。「酔わなかったの?」
 「ええ」とわたし。
 「かわいくねえなあ!」

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吊りげられるカッター
12.時化[しけ]


 航海中、なんどか時化に遭った。
 横浜を出たその晩は激しい風に叩かれて、船は大きく揺れ、わたしはさっそ
く時化の洗礼を受けた。本棚に立てた本はぜんぶ飛びだし、ボンクの上に置い
ておいた物は床に散乱。ガラガラドシャーン、と通路の向こうで音がしたと思
うと、厨房では戸棚のドアが開いて、鍋釜が床を埋めていた。
 だから、事務室でも士官室でも、動く物はべたべたとガムテープで固定して
いるのだ、そうわたしは悟り、さっそくガムテープを取りだした。

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膨らむ帆


 台風接近ともなると、船内の可動物はしっかりとロープで固縛し、上甲板に
は船首から船尾へライフラインが張られる。これにつかまって歩かないと、傾
いたデッキをすべって、海に落ちてしまうのだ。
 日付変更線へ向かって東へ進んでいたとき、台風3号が追っかけてきた。右
舷後方から来る台風は真夜中に最接近して、左舷ななめ前へ抜けると予想され
た。このままでは、台風の中心に巻きこまれてしまう。

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傾いた甲板。張られたライフライン。


「これからヤードを切って、スターボード・シャープ・アップとし、コースは
バイ・ザ・ウインドとする」船長命令が下された。
 ヤードのまわるぎりぎりの角度、55度までまわして、船首を風上へ向け、
風に逆らって進んで、台風の中心から遠ざかろうというのだ。当然、行きたい
方向から針路はそれてしまうが仕方がない。
 暗い甲板にワッセ、ワッセの掛け声が響いて、ヤードが船首のほうへまわさ
れていく。びりびりと帆が震え、やがて、ぴーんと張りつめた。風が帆の裏を
きれいに流れだした。日本丸は風に逆らって進んでいく。

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 右舷後方で黒雲がむくむくと盛りあがった。台風による上昇気流が雲を押し
上げているのだ。黒雲が左右に裂かれて、満月がのぞいた。異様に冴えた蒼白
い月光。その光に照らされて、そこだけ海面が銀紙のように光る。波山が躍る。
海全体が大きくふくれあがる。
 右から押しよせてきたうねりが船尾を持ちあげ、船体を大きく左舷へ傾けた。
傾斜計は20度を差した。生暖かい風が吹きつける。雨スコールが走ってくる。
顔が痛い! 雨粒がこんなに痛いとは! スコールは激しく甲板を叩きながら
去っていった。

 帆船は時化を求めて走る、と言われるが、この日、日本丸は出港以来最高の
13.5ノットを記録し、走行距離も最高の276マイルを記録した。一日に
走る予定は100マイルなので、3倍も走ったことになる。まったく帆船は風
しだいだ。

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白髪をふりたてる波山

 
 日本へ帰るときは二つ目台風に遭遇した。
 ちょうど士官サロンで夕食中だった。この日はカツ丼だった。テーブルには
濡らしたシーツが敷かれて、食器がすべるのを防ぎ、テーブルの縁の桟が持ち
あげられて、食器が転がり落ちるのを防いでいた。
 ぐぐーっ、とテーブルが傾いて、坂になった。目の前のどんぶりがすべりだ
した。ガッチャーン、わたしのどんぶりもみそ椀もつけ物の小皿もぜんぶ坂を
すべっていって、床に飛びちった。あーあ、今日の夕食はなしだ。見ると、士
官たちはテーブルが傾きだした瞬間に立ちあがって、瞬時に両手で自分のどん
ぶりを確保しているではないか。床に両脚を踏んばって、平然と食べている!
 ああ、やっぱり年季がちがう!

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傾きに逆らう士官たちの肩の線。

 
13.帆を降ろす
 ヤードから次々と帆がはずされて、甲板へ吊りおろされてくる。甲板の下の
エンジンルームでは、暖機に入った。
 白い帆のはずされた裸のヤードが青空に黒く、ヤードとヤードのあいだに昼
間の月が白くかかっていた。日本丸はエンジンを始動させて走りだした。原始
の船から近代の船へ変身した。すると、思いがけず、甲板上の空気がなごんだ。
引き締まっていたものが、ふっと解けたような感じが広がっていく。そうか、
毎日マストに登っていたときは、落ちたら死ぬ、という危険が常にあった。そ
れがもうマストに登らなくてよくなって、その緊張が解けたんだ。みんなマス
ト登りにはすっかり慣れていたけれど、やっぱりいつも緊張していたんだ。雨
の夜にアッパーゲルンを畳んだとき、マストから降りてきた男子実習生は、甲
板に足がついたとたんに、「めっちゃ怖かった」そうつぶやいていた。だれ一
人として怪我をすることもなく、この帆走を乗り切った。その安堵感が50人
の実習生みんなの顔に満ちていた。

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 日本丸遠洋航海はわたしの人生で得たいちばんの宝もの。わたしは自分が平
地の上ではなく、丸い水球の上で生きているのだということを実感した。それ
はわたしの人生観を変えた。いま20年が経ても、そのつどそのつど思い返す
たびに、この帆船航海はわたしに新たなものを与えてくれる。
 いま、わたしは思う、もういちど、太平洋で”青春のつばさ”を広げたい。
いや、”中高年のつばさ”を!

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この航海のあと、無事に読売新聞と週間読売の記事を連載し、なんとカラー
の表紙とグラビヤもわが写真で作られた。そして、その記事を見た出版社から
の依頼で、『白い帆は青春のつばさ』(偕成社)という本も出せたのだった。
すべての人に「ありがとうございましたあ!」

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posted by SaltyFriends通信 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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