2008年07月10日

■□ よろず帆船人 50号記念「寿ぎメッセージ集」第2弾& ┃   翻訳家大森洋子さん特別寄稿 ┃    〜<日本丸U>遠洋航海体験記〜第2回 ■□

先月に続き、メルマガ50号を記念して、よろず帆船人にご登場頂いた方々からのメッセージをお届けします。そして、トマスキッドシリーズなどので知られる翻訳家の大森洋子さんの特別寄稿の続編も!

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メルマガ発行50号おめでとうございます
打ち寄せる波のように益々回数を重ねられますように
(帆船<あこがれ>帆船運航課長/船長  瀬川 彰彦“あき”さん)
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祝メルマガ50号!!継続は力。そして好きこそ物の上手なれ。これからも楽しい話題を満載してください!
(元セイル大阪 広報担当 山岡真澄さん)

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50号に寄せてとにかくおめでとう!!今後ともよろしく。
(元日本丸船長 橋本 進さん) 

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NEVERLAND号艦長は謹んで、50回にも及ぶ海戦を戦い抜いたSalty Friendsに祝福おくるものである。 思い起こせば、海星は4年前、海のかなたに消え去ってしまい、多くの仲間は意気消沈し、戦意喪失状態となってしまった。しかし、Salty Friendsの出現によりふたたび勇猛果敢かつ、愉快な海賊たちに再起した。NEVERLAND号はきたるべき海戦にそなえ、某秘密基地でひそかに大改装中である。近い将来、逃げ足の速い「あこがれ」にひそかに近づき接舷切込みを敢行するであろう。Salty Friendsと海賊たちに栄光あれ
(ネバーランド号艦長 ネバさん)

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「Salty 通信、50号記念、おめでとうございます!
毎回毎回のメールマガジン発行にあたり、運営者の方々の熱意
と努力に、改めて敬服します。

現在、7隻ほどしか帆船を保有しない日本にあって、この数の
少なさが現在の我が国の帆船や海に対する意識や関心の現れの
一つであると感じています。
海や帆船には、そこにしかない何かが確かに存在し、そこを通
じて多くの出会いと、そして自分を見つけなおす機会がたくさ
ん転がっていると信じています。
これからも一人でも多くの人たちが海や帆船に興味を持ち、そ
して自分の航海に挑む人たちが増えていくことを願いつつ、一
層のSalty Friendsのご活躍に期待しています。」
(Dawn Treader チーフオフィサー 森 功雄 さん)

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Salty Friends通信50号記念☆として、翻訳家の大森洋子さんが
特別寄稿下さいました。今回はその2回目です。

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日本丸航海記 その2    大森洋子さん

5.風がない!

 風を受けてびゅんびゅん走っているときもすばらしかったが、風
がなくなって、ただじっとしていたときこそ、日本丸は帆船という
ものの本質をを感じさせてくれた。 

 ハワイを出た日本丸は、バンクーバーを目ざしていた。
「もうすぐ風がなくなるぞ」と、大杉勇船長が言った。そのとおり、
マストのてっぺんの風見がぴたりと止まり、36枚すべて張った帆
はだらりと垂れて、そよりとも動かなくなった。

 日本丸は北緯30度から35度あたりにかけて広がる中緯度高圧
帯、つまり、無風帯に達し、しかも、そこで発達していた大きな高
気圧のど真ん中に入ってしまったのだ。
 ドンピシャリと予言した船長がわたしには神さまに思えた。大昔
から船乗りたちは自分が航海ごとに遭遇した地球上の気象や海象を
後世に伝え、そのデーターが蓄積されて、今日では地球上の気象状
況が解明されている。わたしたちは昔の船乗りたちのおかげで、行
く手の海域のようすがわかり、予測をたてて走ることができる。帆
船に乗っていると、まるで昔の船乗りたちといっしょに走っている
ような気がしてくる。

大森さん2-1.jpg
デッド・カーム。風がなくてはアホウドリも飛べない。


 午後6時、「風力0,スピード0ノット」航海日誌にそう記録さ
れた。デッド・カームだ。
 ぐるり360度、丸い水平線に低い雲がかかって、まるで山に囲
まれた湖のよう。そのまんなかに日本丸はいる。海面はとろりと油
でもかけたようで、青い水鏡に日本丸の姿がくっきりと映っている。
風がないと飛べないアホウドリだが、いまはわたしたちをばかにす
るように水面をスイスイ、スイスイと泳いでいく。

 太陽が沈んだ。まだ月の出ないまっ暗な空いっぱいに星々がきら
めく。星座など見分けもできないほど無数の星たち。その白い光が
黒い海面に点々と映って筋を引き、白い筋は海面がのったりと揺れ
るたびに、ゆらめく。

 わたしはわくわくしてきた。これぞまさしくホーンブロワーの世
界だ! わたしが帆船に魅せられたのは、単なる人工物の船が風の
力ひとつでまるで生きているように死者から生者へ、生者から死者
へと姿を変える、その神秘にひかれたからだ。日本丸はいま死者と
化し、太平洋上にただ浮かんでいる。動かない船の上でわたしたち
はただ黙って風を待っている。バカみたい、そう人は言うかもしれ
ない。走らない船なんて無意味だ、と。それで人類は帆を捨てて、
エンジンを発明した。

大森さん2-2.jpg
水平線まで平らな海原

 でも、自然の意志のままに、ただじっと待つというのは、なんと
ぜいたくなことだろう、なんと豊かなことだろう。わたしは痛快な
気分になった。都会にいたら、自分のほうが駆けだしてしまったか
もしれない。風が走らせてくれれば走る、走らせてくれなければ走
らない、走らせてくれるまで待つ。これこそ”自然体”ということ
ではないか! わたしは自然のただ中で、自然といっしょに呼吸し
ていた。

 西の空に輝いていた金星がまっ赤な粒になって、ポトリと水平線
の下に沈むと、反対側の水平線からレモン色の満月がのぼってきた。
吹き流しは垂れたまま。
 大杉船長は「しんぼう、しんぼう」と言って、デッキを行き来し
ていた。横浜出港後、ハワイに着くまでに最高13.5ノット、一
日の最高航走距離276マイルを記録した日本丸は、この10時間
のあいだ、航走距離0マイルを記録しつづけた。それでも船長はエ
ンジンを使おうとしなかった。ひたすら風を待った。

大森さん2-3.jpg
帆はまるで洗濯物のよう、という帆船ものに出てくる表現のとおり。

 
6。天体を動かす大きな力

 風こそ帆船を走らせるエネルギー。日本丸の航跡は、そのまま風
探しの道のりだ。
 横浜を出た日本丸は仙台あたりの緯度までさかのぼり、偏西風を
つかむと、西寄りの風を受けて東へ進み、日付変更線を目ざした。
前回、書いたように、風次第でときには日本のほうへ戻ることも
あったが、たいていは毎日、東進し、太陽は行く手から昇って、背
後に沈んでいった。

大森さん2-4.jpg
天測をする実習生たち。正午と夕方に六分儀を使い、太陽を水平線
まで下げて、太陽の高度を観測する。
船が揺れるので、これがなかなかむずかしい。


 日付変更線に達すると、ハワイへ向けて船は90度、変針し、北
東の貿易風を左舷から受けて、南へくだっていった。太陽は毎日、
左舷から出て、右舷へ沈んでいく。
 ハワイを出ると、こんどは北東の貿易風を右舷から受けて、バン
クーバーへと北上した。朝日は右舷から射し込み、夕陽は左舷へ沈
む。

 毎日、毎日、こうして風を見ていると、風が見えてくる。
 毎日、毎日、こうして太陽や月をながめていると、天体の規則正
しい動きが不思議になってくる。どうして太陽は毎日規則正しく東
からのぼって西に沈むのだろう、どうして月は毎日規則正しく東か
らのぼって、西に沈むのだろう、と。都会では当たり前に思ってい
たことが、不思議に思えてくるのだ。

大森さん2-5.jpg
青と白の世界に朝日と夕陽はいっとき赤い色をつけてくれる。
太陽が青かったら、不気味だろうなあ。太陽を赤くしてくれた
神さま、ありがとう!

 天体がこれほど規則正しく動くのは、この宇宙を司るなにか大き
な力があるからだ、そうわたしは”感じ”た。それをある人は神と
言い、ある人は宇宙の摂理と呼ぶのだ。 
 海面から約50メートルもの高さのロイヤル・マストのてっぺん
にのぼると、眼下の日本丸は360度まん丸い水球の真ん中にいる。
マストは地球の表面から空へ突きだし、わたしは宇宙のなかへ飛び
だしている。ロイヤルにのぼるたびに、わたしは宇宙の風に包まれ、
宇宙を司る大きな力に包まれた。

大森さん2-6.jpg
ミズン・マストから見たメイン・マスト。水平線が下に見える
宇宙の世界。

 
7.コロンブスもかくや

 デッド・カームのなかで死者と化していた日本丸は、朝、吹きだ
した風に命をもらって甦った。10時間ぶりにデッド・カームを脱
出した日本丸は、悪天のなか、苦しい北上をつづけて、北緯36度、
偏西風帯に達した。ようやく船は西からの風を受けて、東へ変針し、
バンクーバーへと針路をとった。しかし、北の海には濃霧がつきも
の。日本丸は深い霧のなかに入ってしまった。しとしとと雨も降り
つづく。

 霧笛を鳴らしながら霧のなかを行く帆船なんてロマンチックだろ
うなあ、とそのときまでは思っていた。しかし、とんでもない! 
日本丸はボボー、ボボーと霧中信号を鳴らしつづける。灰色に閉ざ
された奥から、ボボー、ボボーと、ほかの船の霧中信号も聞こえて
くる。しかし、なにも見えない! 見えるのはぼうっとした灰色の
もやもやばかり。その奥から、いつぬーっと目の前にほかの船が現
われるかしれない。はらはらのしどうし。怖い!

 次の日もその次の日も雨、雨、雨。やがて、一週間ぶりに晴れた。
ハワイの明るいエメラルド・グリーンの海とはうってかわって、北
の海の冷たく深い藍色が広がる。その海面をなにかが破った。てら
りと黒光りする丸いものが三つ、四つと並んで跳ねあがる。イルカ
だ! ものすごい大群が日本丸のまわりを埋めつくしている。百頭
はいるだろう。イルカたちはみごとに跳躍しながら、日本丸をバン
クーバーへと導いてくれる。

大森さん2-7.jpg
イルカは帆船の友だち。よく遊びにきてくれた。


  7月11日午後12時30分、左舷前方の水平線をおおっていた
雲が切れた。集まっていた乗組員や実習生のあいだから歓声があ
がった。
「見えたぞ!」
「見えた、見えた!」
 雲の切れ間から低い山脈が青くくっきりとのぞいている。バン
クーバー島の山なみだ。アメリカ大陸だ。太平洋の向こう端から出
発して、まさしくひと波ひと波乗り越えながら、反対端までようや
くやってきたのだ。その昔、大西洋の端から出発して、ひと波ひと
波乗りこえながら未知の陸影にぶつかったコロンブスもこんな気持
ちだったにちがいない。

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くる日もくる日も青と白の世界。海には直線はない。
陸地はちがった色と線を見せてくれる。


 山なみはすぐにまた雲に閉ざされた。あの雲の向こうにアメリカ
大陸が横たわっている、そう思うと、涙がぽろぽろあふれてきた。
涙はいつまでも止まらず、ぼろぼろ、ぼろぼろ流れつづける。滂沱
の涙、というのは、こういう涙を言うのだろう。自分でも思いがけ
ない涙だった。うれしい、とか、喜びがあふれる、とか、感動した、
とか、そういうのではなかった。風の力だけで太平洋の向こう端か
らこちらの端にたどりついた、ただその事実に胸を打たれているの
だった。横浜を出て58日、走った距離は7825マイル。

8.自然の神秘、その1

 太平洋ではいろんな自然現象に遭遇した。
 ある日曜の午後、マイクがかかった。「左舷よりシャワー接近。
おもしろい現象が見られます」
 すわっとばかり、わたしはカメラをかついでデッキへ飛んでいっ
た。手すりのむこうへ目をやると、渦巻く黒雲が激しいシャワーを
降らせながら、左から右へ走ってゆく。洋上ではシャワーはほんと
うに巨大な水の柱のように見える。そんな水の柱がまたやってきた。
おや、水柱の落ちる水平線が光りかがやいているではないか。まる
でいまからUFが飛びたつかのようだ。しかも、うっすらと赤い。

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「あれはなんだ?」「UFOか?」
*写真をクリックすると拡大します*


「未知との遭遇や!」
「ゴジラが出てくるぞ!」
 赤い色はしだいに濃くなりながら、少しずつせりあがって帯状に
なったと思うと、その下が黄色に輝きだした。黄色の帯はまたせり
あがっていって、その下に緑色が現われた。赤、黄、緑と帯状に重
なった輝きは上へ左右へどんどん大きくなりながら、こちらへ近づ
いてくる。緑の下に青が出てきた。そうだ、虹だ!

 これをホリゾンタル・レインボー、水平虹、と言うそうだ。右舷
側の空に低くかかった太陽の光が左舷側のシャワーにあたって、虹
ができたのだ。太陽の高さが42度ぐらいだと、虹が水平になるの
だそうだ。
 水平虹はぐんぐんこちらへ迫ってきて、あわや日本丸が虹に包ま
れるか、と思ったところで、ふっと消えた。

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成長する水平虹
*写真をクリックすると拡大します*


「生きとると、いろんなことがありますなあ」と、一等航海士が
言った。
「おいおい、まだ若いのに」と、船長が言う。わたしも、お年寄り
みたいな言い方だな、と思った。
 秋田の山の中で生まれ育ったというこの一等航海士は、わたしが
帆船おっかけ時代に最初に出会った方で、以来、ずっと交流は続い
ていた。日本丸では部屋が隣どうしということもあって、ずいぶん
といろんな話をした。

「子供たちにね、こんなことを話したことがあるんですよ。もしも
ボートに乗っていて、転覆したら、父さんは母さんを助けるからな」
 こういう場合、わたしは子供を助けるのがふつうだと思っていた。
そうか、子供ではなく、女房を助けるのか・・・まだ未婚だったわ
たしは結婚というものの本質をのぞいたような気がして、ひどく感
動した。

 こんなことも彼は言っていた。「帆船にあこがれて商船大に入っ
たし、帆船に乗れたし、できれば船長になりたいすよ。だけど、わ
しにはなれんかもしれないなあ」
 一等航海士まで来たのだし、優秀な人だから、そんなことはない
だろう、どうしてそんなことを言うのだろう、とわたしは不思議に
思った。
 航海を終えて数年後、彼は交通事故で亡くなってしまった。まだ
30代だった。わたしは虹を見るたびに、水平虹を見ていたときの
一等航海士を思いだす。

大森さん2-11.jpg
ふつうの虹も洋上ではいっそう美しい

  
9.自然の神秘、その2

 船内の仕事は三交代制。〈0−4〉〈4−8〉〈8−0〉と三つ
の当直に分かれていて、それぞれ、朝と夜に4時間ずつ合計8時間、
当直に立つ。50人の実習生たちは6班に分かれており、2班ずつ
がひとつの当直に入る。わたしは実習生たちとおなじように体験し
たかったので、おなじように当直に入り、甲板部だけでなく、機関
部や通信部、厨房の当直にも参加させてもらった。

 甲板での当直は一班が「主直」と呼ばれ、舵取りや気象調査、見
張りなど、各当番につく。もう一班は「補佐直」といい、昼間は
セールを縫ったり、錆び落としをしたり、整備作業をするが、夜間
は船尾にあるデッキハウスの風下(リーサイド)側で待機する。

 わたしはこの夜のリーサイド待機の時間が大好きだった。横浜出
港後、風を求めて仙台あたりの緯度までさかのぼったときには、も
のすごく寒かった。補佐直たちは風下側のデッキにすわりこむ。波
が打ち上げて、白い甲板は黒々と濡れる。なにしろデッキ上では実
習生は裸足だ。濡れたデッキに裸足の足の裏をぺたりとつけている
と、足の裏から冷たさが全身に這い上がってくる。冷え性のわたし
はお尻が石のように冷たくなってしまう。内側から忍びこんでくる
冷たさは何枚重ね着しても防げない。「ああ、これでハワイへ行く
の?」と何度、思ったことか。

大森さん2-12.jpg


午前零時から4時、つまり、〈ゼローヨン〉で当直に入っていると
きは、当直交代のころ、白々と夜が明けてくる。太陽が顔を出すと、
太陽のなんと暖かいことか! わたしは全身で太陽の恵みを味わっ
たものだった。

 リーサイド待機のの4時間、実習生たちはおしゃべりしたり、と
きには居眠りが出たり。
ほんとうは居眠りなんてしてはいけないのだが、つい・・・。
 あるとき、実習生の一人が一等航海士に訊いた。「待機中に本を
読んでもいいですか?」 一等航海士が答えた。「風を見、波を見、
雲を見る。時を考える。こうしてながめていると、自然って不思議
だ、そう思わんか」

 静まりかえったまっ暗な夜の底にじっとすわって、月や星をなが
め、ほの白く揺れる帆を見つめ、ザザーッ、ザザーッと寄せて砕け
る波音を聞く。すると、自分が自然の一部であるような気がしてく
る。4時間、なにもしないでただじっとしていることなど都会生活
ではないし、できない。なにもしない4時間、なんとぜいたくな時
間か! 

 いま、わたしはときどき座禅をする。導師はこう導く。「いま、
あなたのすわっているところは、地球のてっぺんです。へそは、宇
宙の真ん中です」
 この言葉を聞くと、わたしはロイヤル・マストのてっぺんにいた
ことを思いだし、デッキですわっていた夜の4時間を思いだす。い
ま思うと、洋上の夜の4時間は、座禅などしなくとも、自然に座禅
をしていたようなものだったのだ。

大森さん2-13.jpg


「魚雷が来るぞ!」静けさが破られた。
 みんな手すりへ駆け寄った。
 ゆっくりと上下する船首が黒い海面を分けると、白々と盛りあ
がった波が船尾のほうへうねってくる。その分け波にさからって、
なにか蒼白い物がこちらへ向かってくる。二つ、三つ。蒼白く光る
巨大なオタマジャクシのようなものが、長い尾を引いて走っている。

船尾のほうからも突進してくる。四つ、五つ。横から突っこんでき
て、船底をくぐり、反対舷へ抜けていくものもある。
 ザザーッ、ザザーッと波頭が崩れるたびに、あたりがぼうっとほ
の白く輝く。海一面が輝いているなかを、蒼白いものは走りまわる。

 いったいこれはなんなのだ? 正体は次回のお楽しみ。

    <続きは来月の『第3回』をお楽しみに!!>
posted by SaltyFriends通信 at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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